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さよなら747&江差線ツアー~その2~ [紀行]

2013年10月26日の日記

天ノ川駅.jpg 江差線・天ノ川 "駅" にて....(^^)。 

さて,前回に引き続いて新千歳空港駅から函館に移動します。わざわざ函館に行くのに,新千歳で降りるなんてアフォですが,747はもう羽田~新千歳しか運航していないのでしかたありません。それに,「スーパー北斗」には乗ったことがないので,乗ってみたいと思っていました。いつもこの区間は新車は大嫌いな性格なのでいつもキハ183系の「北斗」に乗っていました。ところが,前回乗った「北斗」14号は7月6日に函館本線・山崎~鷲ノ巣間を走行中にエンジンから出火するという事故を起こし,運休してしまっています。

そのほか,2011年5月27日に石勝線・第1ニニウトンネル内で起こった「スーパーおおぞら」14号の事故などもあり,来月からとうとう減速,減便運転を強いられることとなりました。ディーゼルで130km/h運転をしている「スーパー北斗」に乗っておきたいと思いました。来月からは120km/hに減速されます。そもそも「スーパー北斗」15号なんて札幌~函館間が2時間59分,という時刻は速すぎですね。私が北海道に行った頃は4時間を超えていました。1時間も短縮,というのはすごいとは思いますが,ちょっと異常な感じです。

「スーパー北斗」15号は函館~東室蘭間ノンストップという,やはり表定速度日本一106.8km/hというスピードだけの列車だったと思います。さすがに来月から運休となります。 

事故の原因についてはすでに報告が出ていますが,やはり130km/hという高速運転と札幌~函館間320キロという長距離運転が原因だと思います。やはりディーゼルでは無理があるんじゃないでしょうか。エンジンのシリンダブロックに穴が開いたり,減速機が分解したりなんて話は聞いたことがありません。必要な検査を怠ったとか,部品の欠陥だとか,いろいろ人的,物的原因が挙げられてはいますが,やはり早めに函館本線や石勝線など,高速運転する区間は電化しておくべきだったと思います。もちろん,電化については旧国鉄の責任だったと思います。

さて,スーパー北斗16号ですが,キハ283系での運転でした。11月以降は減便のため,「スーパー北斗」はキハ281系のみでの運転となります。列車ごとに形式を統一しておくことはメンテの面でも必要なことだと思います。実際,正直なところ室内も薄汚く,窓もディーゼルの排気で汚れるのはしかたないとしてもきちんと拭き掃除ができてない感じで,かなり汚いです。

JR東海の「ひだ」やJR四国の「南風」などでは同じディーゼルでもこんなに汚れてはいません。やはり車両を駆使しすぎているのか,という気がします。「ひだ」や「南風」はせいぜい150kmくらいの距離ですからね。

それに乗心地も,さすがに振り子式なのでカーブなどもスムーズに曲がりますが,時折ドスンと下に落ち込んだときの強い衝撃が下からするのはなぜでしょうか。軌道がどうもところどころ落ち込んでいて,車体が落ち込み,空気バネがつぶれてしまい,いわゆる面板当たりをしているようです。普通,あまりこうはならないはずです。やはり相当軌道も傷んでいる感じがします。

八雲付近から徐行区間が出始めます。八雲~山越間では8月17日に路盤流出で貨物列車が脱線した箇所で徐行していましたし,その先の落部海岸付近では,先日,電柱が傾いているところが見つかり,そこで徐行します。八雲~山越間は1週間前に同様の路盤流出があって復旧したばかりの同じ場所でした。

そして,例の大沼駅構内ではまた徐行し,結局,函館着は6分遅れでした。

函館駅はもう夜の闇の中。前回来たときは28年も前のことです。 まだ青函連絡船がありました.....。

駅レンでレンタカーを借り,今日の宿である,大沼公園駅近くのペンションKAZAさんへ向かいました。30分ほどで着きます。とてもすてきな湖畔の宿でした。もう石炭ストーブが焚かれていたのに驚き。さすがは北海道ですね。

翌朝,5:00起きで落部海岸へ。函館本線の定番の撮影地ですね。国道5号線に駐車場があり,そこから写真が撮れます。ただ,今日は「カシオペア」は運転してません。続行で「トワイライトエクスプレス」と写真が撮れるんですけどね。

ところが,6:12落部通過のはずのトワイライトが来ない! 確か大阪発土曜日は運転なので,今日は運転しているはず....と思いましたが,待てど暮らせど来ません。おまけに台風通過の後の冬型の天気図のせいで,時折,結構強い雨が降り始めます。北陸の人間なので,時雨には慣れっこですが,さすがに冷たい。一度,ダイヤの確認を,と思って車に戻ったらトワイライトが通過しました。油断大敵! せめてビデオでも回しておけば,と思っても後の祭り。どうも今日のトワイライトは1時間遅れのようです。今回最大の失敗でした。

しかたないので,落部7:51発の「北斗星」とDF200牽引の貨物や「スーパー北斗」を撮って移動しました。「北斗星」って落部駅で運転停車して「スーパー北斗」1号を待避するんですね。

891D.jpg 891D。海は荒れています。

北斗星.jpg 「北斗星」は撮れました。

さて,次は江差線に乗ります。残念ながら,北海道のローカル線に乗りまくっていた頃には乗車できませんでした。

途中,大沼で散歩。前回来たときは2月で,一面凍っていました。白鳥がたくさんいて,とてもきれいでした。

駒ヶ岳.jpg  今日は駒ヶ岳がきれいです。

3820D アイリス.jpg 3820D 快速「アイリス」

やはり冬型のせいか,雨が降っていなくても雲が多く,大沼から見た駒ヶ岳は裾しか見えませんでした。残念。でも紅葉はとてもきれいでした。

1980年代に入って,そろそろ国鉄の分割民営化が目前となってくると,国鉄は全国の赤字ローカル線をどんどん廃止し始めました。おそらく,民営化後の新会社の経営を少しでも助けよう,という親心? だったのでしょう。北海道でもどんどん廃止され,この間廃止されたのは北海道で20線区にも及びます。ただ,江差線は木古内~五稜郭間が青函トンネル経由の本州~北海道連絡線の一部になったため,廃止を免れ,私が行った頃には瀬棚線と松前線の2線が廃止されることになっていました。 このとき,瀬棚線は乗りに行ったものの,ほかにも乗るところがあって,少し離れていた松前線に乗るのはあきらめたのです。今にして思うととても残念です。

松前線の方が乗車人員が江差線の木古内以遠より多く,本来なら江差~木古内間が廃止されてもおかしくなかったと思いますが,線籍上は江差線の一部であったために独立した松前線の方が廃止するのが手続きが簡単,という理由だったのだと思います。なんちゅう理屈じゃ,と思ったのを覚えています。

大沼から中山峠を越えて江差に向かいました。70km近い距離なのですが,さすがは北海道。ほとんど信号もなく,60km/hで順調に走れますので,1時間ちょっとで着きました。これじゃ鉄道は誰も利用しないな,と思わざるを得ません。本州だと渋滞もあるし,信号も多いので,70kmも離れたところだと2時間以上かかりますね.....。

江差駅.jpg 江差駅。時雨れて路面が濡れています。

江差駅内部.jpg 

江差駅では土,日限定で売店が開いていました。お弁当も売られていたので,即ゲットしました。

ふる里べんとう.jpg 江差駅駅弁?

地元の中華料理屋さんが作ったお弁当です。とてもボリュームがあって,また,好きなにしんの焼いたのも載っていて,とてもおいしかったです。

ありがとう江差線常備券s.jpg 常備券

うれしいことに廃止記念で普通乗車券が売られています。もちろんこれを買って乗車します。下車するときに駅員さんにお願いして,いただいてきました。とてもいい思い出になりました。ありがとうございます。

天野川.jpg 天野川の紅葉がきれいでした....

もう1日,余裕がほしかったところですが,仕事の都合で今日中に帰らないといけません。津軽海峡線のED79も早く撮っておかないといけないのですけどね......。

函館に戻り,市電に乗って谷地頭温泉へ。こちらも28年ぶりですが,いかにも温泉,という茶色い少しぬるっとした温泉はとてもいい気分です。ちいさな食堂があり,賑わっています。塩ラーメンを食べたらとてもおいしかった。

今日は「北斗星」に乗って帰ります。日曜だけあってA,Bとも個室寝台は満室。しかたないのでB寝台で帰りました。

北斗星1.jpg 函館駅8番線にて

今日の「北斗星」は20分遅れで22:05着。どうも落ち葉のため,空転をおそれて渡島砂原回りで運転されたようです。

DD51 1083.jpg 1974年製のDD51 1083

大好きなDD51ですが,さすがに北海道でも貨物用は石北本線のたまねぎ列車に運用されるだけになり,旅客用の方がよく見かける,という状況になってしまいました。しかしいずれも経年40年という機関車ばかりで,先が心配です。それに,DF200の投入,という話も聞きませんし,客車自体もかなりくたびれている感じですし,北海道新幹線の函館開業が再来年なので列車自体の存続が危ぶまれる状況だと思います。 

貝田付近.jpg 東北本線・貝田付近

これが夜行列車の醍醐味ですね。一晩寝たらもう本州。夜明けがとても美しかったです。こんな景色はなかなか見られませんね。

東京で乗り継ぎになるので,秋葉原で降りて,ちょっと時間つぶしをしました。と,どこかでみたようなやつが.....。グレーのジャンパーを着た太めのいかにもオタク,というやつです。さて,どこで見かけたのか....。そう,昨日の江差線の車内にいたやつです。まさか,こんなところで再会? するとは思いもしませんでした。そいつも「北斗星」で帰ってきたんですね......。 

〔おまけ・・・・秘境駅・東山駅訪問〕

落部海岸からの帰り,東山駅を訪ねてみました。ここは秘境駅として知られていますね。大沼から森へ至る,本線上に設けられたもとは仮乗降場の駅です。人里離れた山の中にあるので秘境駅として有名です。

東山第1道路踏切.jpg 

    東山第1道路踏切。何も駅の案内はありません。

といって,この道路の先には人家があり,牧場もありますので,そんな秘境というわけではありません。秘境駅として知られる石北本線・生野駅だって奥に牧場がありましたし,目の前が国道でしたから秘境というわけじゃありません。

この踏切の左側に駅があります。踏切を渡って,もう少し行くと国道5号線に合流します。

東山駅1.jpg こんな通路を100mほど歩きます。

東山駅2.jpg ホームはまくらぎでできています。

東山駅3.jpg 錆びついた駅名標。

でも列車は上下合わせて8本が停車します。石北本線の生野駅は4本でしたから,生野駅より停車列車は多いです。

 

〔函館本線の謎〕

さて,この東山駅ほかがある区間は函館本線が2つに分かれているところで,渡島砂原を回る通称 "砂原" 線と,東山駅のある山の中の本線があります。もう一つ,南側にも別線区間があり,ちょうど,数字の8の字になっています。

基本的に勾配の緩い,新線の方が本線として使用されているのですが,逆向きの列車もあり,正直なところ,よくわかりませんね。 そんなことわかっているよ,とおっしゃる方も多いと思いますが,ちょっと調べてみました。図にすると▼のようになります。クリックすると拡大します。

函館本線路線図.jpg 函館本線路線図(函館付近)

オレンジの線が本線で,もちろん単線で1903年に開通しています。ところが,大沼から森にかけて,この区間は上り列車に対して連続20‰の勾配が続いて輸送の制約になっていたため,戦時中に輸送力増強に向け砂原回りの単線の線路が作られます。これが通称 "砂原" 線です。勾配は最急6‰に緩和されました。時代的にも東海道線の新垂井回りと似ていますね。

一方,函館寄りの七飯~大沼間は下り列車に対して20‰の上り勾配が5.4kmも続き,補機を使用していました。函館を出てすぐにボトルネックがある格好なので戦前から線増が検討されますが,計画からずいぶん長い時間がかかって,ようやく1962年7月25日に新峠下トンネルを掘削して熊の湯(信)~大沼間が複線化されます。しかし,まだ急勾配は残ったままなので,ようやく1966年に新線を開通させ,新峠下トンネルは新線専用となります。このとき,熊の湯(信)も廃止されます。これが通称,"藤城" 線で,最急勾配は10‰と緩和されます。

ところがどちらも新垂井と違うのは,途中に駅がない藤城線を除けば逆向きのローカル列車が運転されているし,貨物列車は砂原回りになって迂回しているのに,「北斗」や客車の「北斗星」などの特急は結局,距離の短い旧線経由となっているため,非常にややこしいです。逆向きのローカル列車の存在は地元の人には大変便利なことなのですけれど。新垂井は下り列車しか走っていませんでしたからね(今も)。ちなみにもとの旧本線上の垂井駅には下り列車が停車しないという状況になったため,救済措置として大垣~垂井間でピストン列車が走っていました。私が生まれた頃には大部分の下りローカル列車は垂井駅経由だったため,新垂井駅に停車するローカル列車の方が少なくなっていた時代でしたが,それ以前は全ての米原方面への下り列車は新垂井経由でした。

函館本線のこの2つの区間では急勾配のため,過去3回もこの区間では速度超過による貨物列車の脱線転覆事故が起こっています。原因はいずれも運転士の居眠りによるもので,特に2回目は酒気帯び運転だったようです。

駒ヶ岳経由の本線では1976年10月2日と1988年12月13日に駒ヶ岳~姫川のR300の左カーブで下り貨物列車が,また,仁山駅付近では1996年12月4日に上り貨物列車の脱線事故が起こっています。いずれもまたか,という感じだったし,コンテナが斜面に散乱した写真が載った新聞記事を覚えています。 

ちなみにこのときの事故を知っていたか,というのが2005年4月の福知山線脱線事故の裁判の争点になっています。私でさえよく覚えているので,JR西日本の歴代の社長が知らなかったはずはないと思います。知らない,というのはよほど仕事が忙しくて新聞も読んでなかったのか,鉄道会社に勤めているという意識がないのでしょう。福知山線の事故は函館本線の貨物列車の事故同様,速度超過で急カーブに突っ込んで転覆したわけですが,函館の事故の場合はこの後,速度照査付のATSが設置され,制限速度を超えて走行できないようにしましたが、尼崎には結局,設置されませんでした。

函館本線の事故の場合,脱線したのが貨物列車だったため,死傷者が出なかったことや運転士の居眠りや飲酒が原因だったことから人的な要因ばかりがクローズアップされ, システムの不備が軽視されたのは残念です。

今年の7月24日にスペインで起こった高速鉄道の事故も同じ急カーブでの脱線事故で,記憶に新しいですが,スペイン国鉄は運転士の居眠りのせい,として現場に在来線列車用のATSはついていましたが,高速列車用のATSが設置されておらず,運転士がマニュアルで減速していたことが原因だとはしていません。システムの不備が根本的な原因だったと思いますが,自国の高速鉄道売り込みのため, ことさらに事故の原因をシステムの不備ではなく,人的な原因にしようとしている姿勢には疑問を感じます。

さて,再来年,北海道新幹線ができると新函館の駅は渡島大野駅付近に設けられます。そこで,五稜郭~新函館間は交流20,000Vで電化されることになっています。整備新幹線のお約束? で,並行在来線は第3セクター化され,地元が経営することになりますが,札幌まで新幹線が伸びたときは藤城線は旅客列車が走らなくなるため,廃止も検討されているようです。 

という次第ですが,この日,私が乗る「北斗星」は本来なら駒ヶ岳経由なのに落ち葉による空転を警戒して砂原回りで運転されました。距離が12.8km長いため,20分ほど函館到着が遅れました。もし,空転して最寄りの駅までバックしていたりしていたら20分の遅れでは済みませんから,迂回した方がよいのでしょう。

さて,問題なのは今年9月19日に大沼駅構内で発生した貨物列車の脱線事故についてです。貨物列車は砂原線経由なので,大沼駅で本線に合流します。そこで事故が起きました。

午後6時5分,帯広貨物発熊谷タ行き臨8054列車(DF200-2牽引17両編成)が大沼駅構内の2番線を発車後,脱線したものです。

2番線は副本線であり,そんなに列車が通らないので,満足に保守をしていなかった,と釈明があり,軌間が広がっていたようです。実際,▼の写真を見ても,木製のまくらぎとなっているしバラストも細かく,もう何年もバラストを更換していない,という感じで,そんなに状態がよいとは思えません。私が行ったときには出発信号機に×の印がつけられていましたので,2番線は使用停止になっているようです。

(臨)北斗65号.jpg 臨時「北斗」65号。大沼にて

一番手前が1番線(本線:砂原線),2番線(副本線:砂原線),3番線,4番線(駒ヶ岳経由)は「北斗」65号が走行中で駒ヶ岳経由の待避線です。この先,2番線が1番線と合流する付近で脱線しました。

普通は貨物列車は本線の1番線を通過するのですが,臨8054レは長万部行きの829Dと交換するため,大沼駅2番線に停車していたようです。

大沼駅配線図.jpg

         大沼駅構内配線(鉄道ピクトリアルNo.609を改訂)

ただ,▲の図を見る限り,2番線に停車しなければならない理由はなさそうです。何で2番線に停車する必要があったのか,よくわかりません。実際,現在は使用停止中になっているようですが,ダイヤ上,何か問題になっているような感じではないので,特にこの2番線に停車する必要性はないようです。 

JR北海道は確かに人口密度が小さく,輸送需要がただでさえ低いところを,航空機や高速バス,自家用車という強力なライバルと競争しないといけないし,気候が厳しいので保守費もかさみ,経営上も大変なところだとは思います。ただ,やはり収益確保のため経費節減が会社の基本方針となり,それが現場に強制され,経費節減競争みたいな状況になっていたのではないかと推察します。

状況は英国国鉄の民営化後のレールトラック社に似ているな,と感じます。英国は上下分離で民営化され,インフラはRailtrack Ltd.が担当しました。ご存じの通り,2000年10月,ハットフィールドで事故を起こし,原因が保守不足によるレール破断であったことから同社は経営破綻しています。それ以前に死者を出す重大事故が連続していました。

英国国鉄の民営化は日本のJRのような地域分割ではなく,列車ごとと言っていいくらい細分化された列車運行会社と全国1社の線路保守,運行管理を行うレールトラックに分割されました。日本のような地域分割の体制は第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の4大鉄道会社(SR, GWR, LMSR, LNER)があり,比較的,競争も起こって事故もなく,うまくいっていた時代がありましたが,このような手法をとらなかったのは過去に戻るようなもの,という意識があったのだと思います。

ただ,列車の運行会社は別として,保守を担う会社が1社で,収入は運行会社からの線路使用料だけ,という形態では自社の利益を向上するためには経費節減しかありません。列車の運転本数を増やしたり,高速化しても儲かるのは運行会社だけ,という次第ですからね。これじゃサービス向上,安全確保のためのインセンティブは働きません。

おまけにレールトラック社は上場してしまい,株主からの収益向上を求められることになります。という次第でますます経費節減に励む,というわけですね.....。

もちろん,JR北海道がレールトラックと似ているなんて全くの暴論,という気もしますが,なぜか似ている気がしてなりません。おまけに,JR北海道は非上場なので,株主利益なんて考慮しなくてもよいわけですから,収益の確保は純粋な民間企業にくらべれば要求されなかったはずです。また,英国と違ってインフラも自社で管理しているので,ある意味,自助努力をしてサービスの向上による収益アップもできるわけですから収益の確保も本来の営業努力で可能だったはずです。事実,JR九州は民営化後,せっせと関連事業の拡大に取り組み,現在では本業を上回る収益を上げていて,上場も視野に入ってきました。JR北海道はこのような努力をしてきたといえるでしょうか。儲からないから,ということで経費節減にばかり励み,関連事業の拡大による収益アップはあまりなされなかったように思います。 

ということで,今回の事故の連続について,経営陣の責任は重大だと思います。JR北海道は民営化されたとは言っても実際の株主は国だけの国有企業なので,いずれ国から経営陣の刷新を求められることになるでしょう。

まくらぎ.jpg  何か,どう見てもまくらぎが斜めのような.....。


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