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マイクロエース E10 [模型]

2009年8月29日の日記

今日からE10に取りかかります。

E10は国鉄の5動軸の蒸気機関車で,1948年に登場しています。独Maffei社製の4100形のあと,国産の4110形が使われていた,奥羽本線・庭坂~米沢間の板谷峠越え用に作られました。当時,すでに電化の計画があったため,4110形が25両配置されていたにもかかわらず,全数置き換えをするのではなく,一部取替と言うことで5両だけ作られました。

1949年には直流電化され,すぐに失業しました。肥薩線や北陸本線の倶利伽羅越えに転用されますが,線路等級の低い肥薩線では横圧が過大で,転属先の倶利伽羅峠はすぐに新倶利伽羅トンネルに切り替えられたのでここでも失業し,結局,1957年からは米原機関区に転属して北陸本線・米原~田村間の交直接続に従事することとなります。全く役不足の仕業で,髀肉の嘆をかこったことでしょう。

それにしても戦後の混乱期によくこんな機関車を作ったな,と感心させられます。機関車屋が無理やり予算を取ってその消化のために作ったのか,と言う気もしますし,すぐに要らなくなる機関車なのに,予算要求がよく通ったな,と驚かされます。ドッジラインが翌年からですが,もう1年計画が遅かったら生産中止,だったでしょう。戦後になっても「大和」を作ったような印象がありますね。

北陸本線は,東北本線・黒磯駅のように地上切替ではなく,後の交直セクションと同様,車上切替になっているため,駅間に切替セクションがあります。当初,交直流機はなく,電車特急・急行もなかったため,しばらくは蒸機やDLによって間接接続をしていましたが,特急「雷鳥」の運転を控え,1962年の年末に電化されることとなりました。といって,貨物や客レはEF70による牽引だったため,1983年までDLによる間接接続が続きました。なんかそう昔のことではない,という感じがするのですが,もう四半世紀経つのですね。

E10自身は1962年に営業運転を引退しているので当然記憶はありません。青梅鉄道公園に保存されているので,学生時分,見に行きました。5両しか作られていないのに,保存機があるのは奇跡としか言いようがありません。

E10-12.jpg

      マイクロエースのE10 2。改造前のオリジナルの状態。 

模型はマイクロエースが2001年8月にE10 2が発売されています。2005年9月にE10 1金沢機関区と称して再発売されています。どうも2001年の発売直後,すぐに売り切れるほどの人気だったため,あらためて再生産されたようです。

ただ,再生産されたときに倶利伽羅越えの金沢機関区時代,ということで煙突回りに斜めの変な除煙板がついています。こんなの知りませんでした。すでにE10 2を持っていたので買いませんでしたが,この除煙板は過去にピクトリアルなどで見たことがなく,驚きました。

さて,今回のE10ですが,よくできていますが,少し残念なのは石炭庫側の前照灯がダミーになっています。北陸本線の田村~米原間の交直接続を再現したいので,ぜひ石炭庫側も点灯させたいと思います。米原には転車台がありましたが,田村にはありませんでしたので,上り列車のときは普通の機関車で言えば後ろ向きの運転になりました。

ちなみにE10は普通の蒸機と逆で,前位は石炭庫側になっています。板谷越えの際に後ろ向き(?)を定位としたためです。そのため,運転席の位置も左右逆転して,"右ハンドル" ? になっています。英国のSouthern RailwayのLeaderみたいな感じですね。大体,このように先頭側に運転台があると言う設定の機関車はどうにも無理があり,やはり使いにくいのか,継子扱いされてすぐに廃車,というのが定番のようです。

今回,なんとか石炭庫側の前照灯を点灯させることを考えます。ところで,このブログをお読みの皆さんは,やはり今回の作業はむずかしいので,よほど技術のある人以外はすすめません。というのも,一度分解してしまうと動かなくなってしまう可能性が高く,単にボディを外すだけでなく,動力を一度全部バラして再組立,となる可能性が高いためです。実は,当方も一度組み立てた後,動かなくなり,一度全部バラして再組立しています。おそらく,左右のウェイトを兼ねた台枠をいじることになるので,モータが接触不良になったり,ギヤのかみ合わせが悪くなったりして動かなくなるのでしょう。再組立は大変ですので,デジカメでこまめに写真を撮りながら,慎重に作業を進めてください。

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例によって,シリンダブロックを留めているネジ(先輪の下)が足回りとボディを連結していますので,まずこのネジを外します。先輪がじゃまなので,動輪のギヤカバーのネジを緩めて先輪を外す必要があります。

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              オリジナルの前照灯は電球です。

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         前位(右),後位(左)ともに電球色LEDをつけました

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  前位側。チップLEDにしました。           後位側はリードタイプです。

前位側(石炭庫側)はスペース的に余裕がありますが,逆に余裕がありすぎてモータに直接,チップLEDをはりつけると光線が漏れてきますので,プラ板でLEDの台座を作り,エポキシ接着剤で固定しました。モータ底部からLED表面まで,5mmくらいの距離にしないといけません。

また,実を言うと台枠のくぼんだ部分(凹となっているところ)は鉛のウェイトが入っています。上記のようにコードが渡るので撤去しました。牽引力に対する悪影響が懸念されますが,特に問題ありませんでした。フライス盤があれば,ウェイトをうまく削って載せることができますが,当面あきらめました。

次に問題はカプラー。オリジナルはArnoldですので,KATOのNカプラーか,ナックルカプラーに替えないと使えません。前位側はNカプラーに簡単に取り替えできますが,後位側(通常はダミー)のほうは重連用にArnoldカプラーが付属でついてきますが,大きすぎてみっともないのでなんとかナックルカプラーの使用を考えます。ところが元のダミーのカプラーの穴が小さい。相当ナックルカプラーを削らないとはまりません。それでも端梁の穴をヤスって多少大きくしないとはまりませんでした。普通は私は蒸機の前位側のカプラーはそのままにしておくのですが,今回は普通の機関車だと後ろ向きの運転もしたいので,このカプラーも取り替える必要がありました。C11やC12などのタンク機やC56などは重連や後ろ向きの運転も多かったので,カプラーが容易に取り替えられるようにしていただけると助かります。

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 左:ナックルカプラーの加工状況         右:固定? 状況

また,端梁が小さく,本来ならカプラーポケットを作ってカプラーを固定してやらないといけませんが,そうすると端梁からポケットがはみ出てみっともないことになります。あきらめてカプラーの元からある穴にM1.2のタップをたててカプラーにM1.2のビスを埋め込みました。こうやって端梁の穴からカプラーが抜けるのを防ぎました。と言う次第で,実は "固定" していないのです。一応,きちんとこちらの向きでも客車を引っ張れることを確認しました。

それにしてもKATOの蒸機だと端梁部分が別パーツになっていて,加工も容易ですし,失敗してもAssyで何とかなりますので,やはりよく考えられていると思います。

E10-8.jpg

       前位側の前照灯。点灯化しました。 

前位側はφ1.8mmの穴を開けて銀河の蒸機用前照灯レンズを埋め込みました。このままだと抜け落ちてしまうかもしれないので,裏からブタノン(メチルエチルケトン)を流し込んで固定しました。

E10-9.jpg 後位側。普通の機関車だと前位ですが。とてもいい感じですね。

【おまけ】‥‥‥‥E10の写真。

E10-10.jpg

北陸本線の234列車富山発米原行き。北陸本線・田村~坂田間にて(1958年撮影)。何ちゃって~~!

E10-11.jpg

下り富山行き221列車。北陸本線・田村~坂田間にて。EF81になってからも,よくこの列車,撮りに行ったな~~。

 


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