オールゲルマニウムトランジスタ6石スーパーの製作~製作・調整編~ [ラジオ]
2012年5月20日の日記
ゲルマニウムトランジスタを使った6石スーパーを作ろうと思いました。なんて酔狂なことでしょうか。キットもあるというのに,プリント基板から作り始めています。昨日はプリント基板まで作りました。
さて,配線はプリント基板ができれば簡単です。3時間ほどで完成です。一応,ハンダ付けしたあとで,Trの無事を確認しておきます。PNPトランジスタですから,テスターのダイオードチェックモードにして,コレクタないしエミッタに赤のリード,ベースに黒のリードをつけて電圧を測定します。0.2V程度の電圧が表示されれば生きています。P-N接合面の順方向電圧をチェックすればいいのですね。シリコンTrだったら向きは逆で(NPN),この電圧は0.6Vくらいです。ついでに,ハンダ付けミスもわかります。局発の2SA15の配線を間違えていることに気づきました。どうしてもゲルマニウムTrはピンが三角形にならんでいるので向きを間違えやすいのでお気をつけ下さい。▽がついているのがコレクタですが,間違いやすいです。
さあ,これから実際に動作チェックをすることにしましょう。
電池を差し,ボリウムのスイッチを入れるとかすかにガリッと音がすればまずは低周波部は成功です。さすがに,今回はウンともスンとも言いません。心配になって,ボリウムのところにテスターのリードを当てるとスピーカからガリガリと音が出たので,低周波部はOKです。
次は局発が動作しているかどうかを調べます。
簡単には,バリコンのOSC端子にテスターのカウンタモードで周波数をカウントできるかどうか確認します。オシロがあれば,ベストです。
ただ,バリコンのOSC端子に直接リードを当てるとリード線の容量で,周波数が変わりますので,本格的な調整時は局発用の2SA15のコレクタに当ててください。今回,基板上にはこのコレクタにテスト端子を設けています。
ところが,この状態で局発が動作していないのが判明。万事休すです。
こういう場合,OSCコイルの2次側コイルの接続が逆の場合が多いです。と言うことで逆にしてみますが,ダメ。
いろいろ調べてみますが,ようやく2SA15のベース電圧がおかしいことに気づきました。バイアス電圧が加わってなくて,動作してないんですね。ベースの回路を間違えていました。
ようやく局発が動作するようになり,正弦波を確認できました。これで単一調整をすればOKですが,もう遅いので,また明日です。
オールゲルマニウムトランジスタ6石スーパーの製作~プリント基板編~ [ラジオ]
2012年5月19日の日記
とうとう,ゲルマニウムトランジスタを使った6石スーパーラジオを作ることにしました。昔から,奥澤清吉さんの本とか,いろいろ製作記事は読んだのですが,どうも作る気がせず,真空管ラジオやICのラジオばかり作っていました。やはりトランジスタのスーパーはむずかしいというイメージがありますね。それに,スーパーだとキット,と言うのが定番で,6石スーパーはキットで作った,と言う人ばかりだと思います。結構,TrやIFTなどの部品を集めたり,なおかつプリント基板を作るのが非常に厄介で,そのためにキットで作った,と言う人が多いと思います。
と言うことでキットで作るのが簡単だと思いましたが,昔懐かしいACEやHOMERのキットはとうに製造中止で,秋葉原などでも見かけなくなりました。あれほど昔はどこのパーツ屋さんに行っても並んでいたのに,と言う気がします。特にACEの6石や8石のスーパーというとパーツ屋さんのガラスのウィンドウの中に恭しく並んでいて,値段も3,000円以上するので,中学生としてはいつかこいつをものにしてやろう,という気がしていましたが,小遣いもなく,なかなか手が出ずにいつまでも憧れのままだった,という思い出があります。あのとき,すでに真空管の時代は終わっていて,5球スーパーなんかのキットはとうになかったと思います。
今はCherryの6石と8石のスーパーのキットがあります。ただ,残念ながら秋葉原へでも行かないと北陸の田舎では手に入りません。当面,東京出張もないし....,と言うことで作ってしまいました。Cherryの8石キットは今度,買ってきましょう。
それと,ACEやCherryのキットもそうですが,最近のはゲルマニウムTrじゃなく,シリコンになってしまっています。まあ,時代から考えれば当然なのですが,2SC1815なんかじゃなくて,ゲルマの2SA52とかで作りたい,というわがままを言うとやはり作るしかありません。
まあ,部品についてはそれこそ中学の頃からの部品のあまりがありますので,それほど困らないと思います....(^^;)。
と言うことで部品箱をひっくり返してTrやバリコンなどを探します。
Trは2SA52や2SB54と言った東芝の石はどれも新品でリード線も長く,ちょっともったいない気がしたので,中古で探しますと,2SA15とか2SB75などの日立のスーパー用の石が揃いました。2SB75はHitachiの旧ロゴのやつも出てきました。ただ,ちょっとこのメーカのHDDには散々泣かされたので,このメーカはちょっとね.....,と言うのがあるのですが,まあいいとしましょう。2SB54は最近までたくさん残っていましたが,ギターアンプのエフェクタ用に買う人がいて,一瞬で市場から消えました。でも,ギターマニアの人のおかげで真空管も残っていますし,ゲルマニウムTrもエフェクタ用じゃないのはまだたくさん残っています。
日立の最初期のTrである,HJ15とかでもスーパーが作れそうですが,新品なのでやめにしました。本当に最初の頃のTrはこのように扁平な形でした。CK722は米Raytheonのもので,米国では1石ラジオを作ったりするのに,いまでも人気があります。日本のメーカはこのTrを目標に頑張ったような気がします。
サーミスタも古い円盤みたいな形のが出てきましたが,リード線が切っていないので,新品の200Ωくらいのを買ってきました。バリコンは中学の頃の残りです。それこそ20年ぶりの使用です。最近,韓国製のポリバリコンが秋葉などで売られていますが,どうも不良品が多いらしいのでお気をつけ下さい。ポリのシートが破れていたり,ひどいのは一部,抜けているものがあって羽根がショートしているらしいです。
IFTやバーアンテナはまだ手に入ります。OPTも山水のトランジスタラジオ用を買いに行きました。
回路はごく標準的な6石スーパーの回路です。定数は現代風にしました。極力,古い余り部品を使うことにしました。使用した日立のゲルマニウムTrは'70年代のものだと思います。結構,意外に最近までゲルマニウムTrは製造されていて,安価なラジオ用としては重宝していたようです。トランジスタラジオのフタを外してみると,ケースは新しそうなモダンなものなのに,中身がゲルマニウムTrでびっくりすることがあります。ラジオ用として'80年代に入る頃まで,製造されていたのではないでしょうか。
さて,問題はやはりプリント基板ですね。6石とは言っても実際にパターンを作るとなるとたいへんです。お絵描きソフトで描いて,OHPシートに印刷して感光基板で作りました。特にゲルマニウムTrは電源は-9Vとか負の電圧ですので,ややこしく,お絵描きソフトでは-Vccを赤で描いてパターンを考えました。OHPに印刷するときに黒で印刷すればよいですからね。
プリント基板は100×75mmのサイズの感光基板を使いました。これでもスペースが余ったので,電池ケースも基板につけることにしました。
最終版のパターンはまた後日,発表します。
今回,表側(部品側)でパターンを考え,後でミラー反転してパターン側にしました。やはり裏側からパターンを考えるというのはたいへんです。
感光基板は結構作るのが面倒で,失敗も多く,泣かされましたが,紫外線ランプを使うようになってからはうまく行くようになりました。日光では無理だと思った方がよいです。
2,3年前にこのタイプのものは製造中止になり,現像液も変わりましたが,古い泡状のものをまだ使っています。基板の有効期限は2006年なのでとうに切れていますが,冷蔵庫で保管しているためか,まだ十分使えます。
なお,現像中は動かさないよう,十分お気をつけ下さい。できるだけたくさんの現像液につけて,そうっと放っておく,と言うのがコツです。最後に水につけて完成ですが,このときも水を勢いよく当てるとパターンが流れてしまうので,ご注意ください。静水中に静かに置いておく,と言うのが正解です。
さて,明日は部品をハンダ付けして実際に動作させることにしましょう。
エッチングできました。
さよなら東海ラジオ・AMステレオ放送 [ラジオ]
2012年5月14日の日記
先ほど,とうとう名古屋の東海ラジオのAMステレオ放送が終了しました。最初,午前0時で終了かと思ったのですが,午前0時を過ぎてもステレオのランプは点灯しているので,放送終了時にAMステレオ終了のようです。ちょっと,ここのところ体調が悪いので,HiMDを録音させて寝ました。午前5:00の放送開始を聞いてみるとやはりランプは点灯せず,今日の日中からモノラルになっています。
1992年4月1日の放送開始以来,20年でAMステレオは消えていこうとしています。本当に残念でなりません。AM放送の最後の技術革新,と言われましたが,その技術すら消えていこうとしています。
やはりNHKが参加しなかったのと,そのためか,受信機が普及しなかったのが原因ですね。比較的,車にはAMステレオが搭載されましたが,わざわざ家で聞くためにラジオを買おう,と言う人も少なかったのだと思います。また,カーラジオで聞いていても,車内では臨場感に乏しく,効果が低かったのかもしれません。「AMステレオはノイズまでステレオになる」と当たり前のことを言う店員もいて,カー用品の店でも積極的に拡販するという雰囲気ではなかったように思います。
しかし,従来のAMとは一線を画する臨場感と,高音までよく伸びたHiFiな音はとても好きで,ラジオも集めましたし,自分でICをそろえて受信機を作ったりしたので消えていくのは残念です。
特に,北陸からだと一番身近なAMステレオの放送局は名古屋の東海ラジオで,同じ名古屋のCBCは夜は朝鮮中央放送に邪魔されてよく聞こえませんが,東海ラジオはよく聞こえて,AMステレオを楽しんでいました。もとから大阪の放送局はほとんど入りませんしね。
とうとう,残るはCBCとニッポン放送,ラジオ大阪,和歌山放送の4局になりました。何とか1日でも長く,放送を続けてもらいたいと思います。
最後に,お別れ放送をupしておきます。さようなら,どうもありがとう。
Radikoで録音したわけじゃありません。ちゃんと自作AMステレオチューナとHiMDで録音しました。ステレオで録音されています。最後の曲の音もAMとは思えない,よさでしょ?
この後,試験放送の案内があって,1時間ほどずっとヴィヴァルディの四季などクラシックを流していました。ただし,モノラルでした。おそらく,エキサイターを撤去したので,調整していたのでしょう。
Channel Master 6501 トランジスタラジオ [ラジオ]
今日で長かったGWも終わりです。子供もまだ小さいのであまり遠出もできませんし,家でラジオの修理です。子供は単なる言い訳?
次はChannel Masterの6501型トランジスタラジオを修理します。Channel Masterというのは三洋電機の輸出用ブランドで,国内向けの同じラジオもあります。
6501は1959年の製造で,6石スーパーとなっています。Trはソニー製を使っていて,2T73(局発・混合), 2T76(IF) x 2, 2T65(低周波)×3,検波は1T23です。東芝や日立,NEC,TENと言った会社は自社製造のTrを使いましたが,その他のメーカは初期にはソニーなどから購入して販売しました。もっとも,自社製造している会社でも高周波部はソニー製を使っていたりします。やはりTrは高周波は苦手で,なかなか局発や混合に使えるTrを作ることはむずかしかったようです。
さて,このラジオの修理はかなり手こずりました。
何より,電池を差してスイッチを入れてもポコッと音がするだけでウンともスンとも言いません。これは厄介で,そもそもRF部の故障なのか,低周波部の故障なのか,まずは切り分けが必要となります。低周波部は動いていても,局発が止まっていると言う場合でもこういう風にウンともスンとも言わなくなりますので,面倒です。それに,何にも音がしない,というのはこの前の日立のTH-862Rでもそうでしたが,よくある現象で,困ります。
まずはTH-862R同様,イヤホン端子がスピーカとOPTの間に入っていますので,その接触不良を疑います。それに,このラジオはなぜか外部スピーカがつけられるようになっていて,背面にイヤホンみたいな端子がまたついています。OPTからスピーカまでの間に2つも接点が入っているのは厄介です。
テスターで簡単に導通を調べられますが,単純にOPTの2次側を当たってもスピーカが導通しているのか,OPTの2次側が導通しているのか,わかりませんので,いったん,スピーカの配線を1個所外してテスターで導通を見ます。導通はちゃんとあるので,イヤホン端子や外部スピーカ端子ではなさそうです。
じゃ,RF部か低周波部か,と言うことになりますが,普通,ボリウムの#2端子(まん中の摺動子)にピンセットを当ててみるとガリッとスピーカから音が出ますので,これが出れば低周波部はOKです。
ところがこれでもウンともスンとも言いません。どうやら低周波部の故障のようですが....。
でも,一応,RF部じゃないことを確認しておきます。
クリスタルイヤホンをゲルマニウムDiの1T23の出力側につけてみます。かすかにガー,ガー言う音が聞こえますので,どうもRF部は正常に動作しているようです。ダイヤルを回してみると放送が聞こえました。と言う次第で,故障は検波段以降と言うことがわかりました。
次に疑ってみるのはカップリング用のコンデンサです。幸い,裏蓋に回路図があり,ゲルマニウムDiの後に,2つ,カップリングコンデンサが入っています。どちらも電解コンなので,容量抜けなのだと思います。容量が0になると交流信号が通りませんから,音が出なくなります。
OPTが断線しているか,とも思いましたが,導通はしていますので違うようです。出力の2T65が死んでいる可能性もありますが,共通エミッタの抵抗を流れる電流をチェックするとちゃんと流れていますので,死んではいないようです。何で死んでるか,と疑ったかというと表面のメッキがはがれていますし,そもそもバイアス用のサーミスタがついてません。普通,ゲルマニウムTrのラジオの出力段には温度補償用のサーミスタが入っていますが,このラジオには入っていません。熱暴走でTrが死んだか,と疑いました。でも幸い,違いました。
と言うことでやはり電解コンデンサを取り換えます。オリジナルはプラケース入りの珍しい電解コンですが,取り換えます。やはり,液漏れしているのか,茶色いしみが一部についています。ケースもよく見てみると小さな亀裂が入っているものがありました。
ようやくこれで音が出るようになりました。でも,まだ音が小さい。結局,全部の電解コンを取り換えました。音が小さいとか,出ないとか言う故障は電解コンデンサの容量抜けの可能性が高いようです。
でもまだダイヤルを回すとガー,ガー言うノイズが突然小さくなったりします。どうもバリコンも不良となっているようです。この交換は大変です。とりあえず,まだ音が出ますのでこのままにしておきます。
わが国の外貨獲得の先兵として米国に大量に輸出されたトランジスタラジオは "安かろう,悪かろう" というイメージだったと思いますが,優れた回路技術と米国の物まねで作り始めたトランジスタの性能もそれなりによくて米国人たちに受け入れられ,RCAやGEなどの米国ラジオメーカを追い払い,見事に外貨の獲得に成功します。今,これらのラジオを見ても,電池を差すだけで鳴ったり,とても半世紀も前の製品とは思えない品質に驚きます。デザインにも非常に気を使って,このChannel Masterや東芝がそうですが,米国人が好みそうなスペースエイジを先取りした先鋭的なデザインで今,見てもとてもかっこよいです。日本人らしい,細かな配線と気配りの行き届いたラジオたちがとても愛らしく思えます。
日立トランジスタラジオ TH-862R [ラジオ]
2012年5月6日の日記
東芝のTR-193に引き続いて,日立のTH-862Rを修理します。1959年の発売で,当時,米国では$39.95だったようです。国内ではいくらだったでしょうか。なぜか日立のラジオは愛称がついていて,このラジオの愛称は "Marie" でした。
8石スーパーになっていて,かなり高級品の部類に入ると思います。Trの型番はJIS型番になる前の日立独自の番号で,2N219(→2SA15)+2N218(→2SA12)×2+2N217(→2SB77)×2+2N215(→2SB66)×2+HJ74(→2SA84)です。ほかにゲルマDiの1N46とサーミスタのHV-15を使っています。日立のTrの型番はHJで始まって,2Nや2Sの時代があり,最後に2SA,2SBなどとなっています。
006Pの電池をつなごうとしますが,まず,この端子が緑青をふいていて,電池を接続しても導通しません。残念ですが,この端子は取り替えです。貴重な部品なんですけどね。ほかにもネジが緑青をふいていますし,どうもあまりよくない環境で保存されていたようです。
とりあえず,電池の端子を取り替え,電池を差してみますが,ウンともスンとも言いません。こういう場合はスピーカの配線がどこかで切れています。そう考えると,イヤホン端子が怪しく,イヤホンを差すとスピーカがoffとなるようになっていますが,ここのリード片の接触がおかしいと思います。
案の定で,ここをちょっとさわってやりますとスピーカからガー,ガーと音がします。よく見てみるとイヤホンのリード線を固定しているマイナスの小ネジが完全にゆるんでいます。これを締め直してOKです。
ほかに,どうも前の所有者が無理に基板を外そうとしたらしく,チューニングの同調のシャフトが歪んでいます。プリント基板が欠けてしまっており,どうも無理に基板を外そうとしてつまみがケースに引っかかって基板が欠けてしまったようです。この修理は厄介で,とりあえず何とかチューニングダイヤルは回りますので,後回しにします。
電池をつないでみると見事に鳴りました。感度もよいし,トラッキングも問題ないようです。半世紀も前のラジオが無事に鳴って,うれしいです。
東芝トランジスタラジオ TR-193 [ラジオ]
2012年5月5日の日記
GWで北陸の実家に帰りました。溜まりに溜まった電子部品やラジオを整理していました。どうしても社会人になってしまうとこう言うのが面倒になってしまって放ったらかしになってしまいますね。
東芝のレースと呼ばれる古いトランジスタラジオが出てきました。日本製の初期のトランジスタラジオのひとつで,デザインがよく,特に米国では非常に人気があります。Toshiba Laceでググってみるとたくさん出てくると思います。
1958年製で,4石というのでレフレックスになっています。RCAの8-BT-8JEなど,米国では4石でもスーパーのものが多いのですが,レフレックスというのは非常に珍しいです。 この前,娘が作ったcherryのキットとか,米国ではBoys' Radioなどと呼ばれる子供向けのラジオ以外でレフレックスというのは販売されなかったと思います。特に,東芝のようなビッグネームでは珍しいです。
でも,何でレフレックスなのでしょうか....。
まだ安定して局発に使えるようなTrを作れなかったから,と言うのが理由かもしれません。レフだと1.5MHzくらいまででOKですが,スーパーの局発に使うTrだと2MHzくらいまで使えないといけません。その頃の日本の技術では局発用のTrを安定して生産できなかったのかもしれません。
私もこのことをすっかり忘れてしまっていて,久しぶりに電池を入れてみて気づきました。
レフレックスなので,同調はブロードで,かなり広い範囲で同調が取れます。逆に言うと,それだけ高周波も再生できるのでHiFiだと言えます。実際,スピーカも結構いいものが使ってあり,音もよいです。
また,驚くのは本物のレースを透明のプラスチックケースに埋め込んであることで,優れたデザインです。米国では大いに売れたと思います。そのせいか,割に数が残っているようで,比較的,入手は容易ですが,値段は結構します。もし,日本で入手できれば,そちらの方が安いでしょう。私のは米国から個人輸入したものです。10年くらい前に買って,そのまま段ボールの箱に詰め込んでありました。きちんと修理,清掃して,ケースに飾っておこうと思います。人気があるので,米国ではコレクターズアイテムになっていて,私も1台ほしい,と思っていました。
ただ,4石のレフレックスと言うことだと少々,心細く,遠距離受信は無理で,近隣の局を聞くだけになってしまいます。東芝もそのことは認識していたのか,翌年,5石にした5TR-193と言うのを出しています。
といって,あらためて電池を入れてみると結構大きな音量で鳴ります。窓際に置くと,十分すぎるくらいの大音量で鳴ります。
ただ,私のはやはりボリウムが不良で,時折音が出ませんし,完全にガリオームになってしまっています。しばらくボリウムを回転させると直ることもありますが,どうしてもだめな感じです。
と言うことで,分解してボリウムを清掃しました。このとき,接点復活材を使わない,と言うのがポイントです。接点復活材はラジオマニアにとっては悪夢のようなもので,周囲にあふれるとトラブルのもとですし,また,一時的に復活しても後でコロージョンを起こしたり,ろくなことがありません。ラジオの修理には使わないのがポイントです。また,ボリウム自体はよく秋葉原で見かけるような感じなので,取り換えよう,と思う人もいますが,それもあきらめた方がよいです。全く同じボリウムを見つけることはできませんし,修理不能になってしまうのがオチです。
回路はレフレックスですが,Trは2S52と2S53を2つずつ使ってあります。黒い円筒状のものがTrです。それぞれのちの2SA52と2SA53です。JISが2SA,2SBなどになったのは1960年からです。
ボリウムを丁寧にバラして摺動面を無水アルコールで洗浄します。ほこりよけの樹脂製のフタがありますので,慎重に外します。本当なら摺動子を外せればよいのですが,どうも軸にかしめてあるようで,外せませんのであきらめました。
窓際に置くと半世紀以上前のラジオがいい音で鳴りました。お帰りなさい。久しぶりの日本はどうですか。
なお,日本製の初期のトランジスタラジオはスチロール樹脂でできていますので,落とすと簡単に割れてしまいます。普段は使わずにケースにしまっておくのがよいと思います。
廃線跡を行く~愛岐トンネル群~ [紀行]
中央西線・高蔵寺~多治見間は1966年の名古屋~多治見間の電化複線化により,旧本線は廃線となり,使用されなくなりました。この区間を通ると,横に古いレンガ造りのトンネルが見えるので,たまに旅行などでこの区間を通るときは,いつもそのトンネルを見るのを楽しみにしていました。いつの日か,この古いトンネルを歩いて通れたら,と思っていました。
ようやく日本も豊かになったのか,古き良き時代を偲ぼうとする雰囲気が出てきたのか,近代化の遺産とも言うべき,古い建築物や機械などに脚光が当たる時代になりました。英国などでは,特に科学博物館など,産業革命以降の古い蒸気機関や工作機械などの古い機械が大切に保存されていますが,日本では明治以降のものは簡単に捨てられ,省みられることが少ないと思います。それ以前の古い神社仏閣などが残っているわりに,明治以降のものは新しくて価値なしと判断されたり,戦前の暗いイメージもあるせいか,残されることが少なく,残念に思っています。特に,鉄道で言えば,古い駅舎はほとんど残ってなくて,いつの間にか近代的な橋上駅なんかに建て替えられていたりして,本当に残念です。古い木造駅舎が残っていても単に建て替えるお金がないから,という理由にすぎない場合がほとんどだと思います。糸魚川にあったレンガ造りの車庫も北陸新幹線の工事で壊されてしまいましたしね。
今回,愛知県と岐阜県境を走る中央線の古いトンネル群がNPO法人愛岐トンネル群保存再生委員会の皆さんの手によりきれいに整備され,大切に保存されて行く機運が高まってきたのは非常に喜ばしいことだと思います。また,年に2回,一般に開放され,我々一般市民が親しく古いトンネルや鉄橋などを見に行くことができるようになったのはとてもうれしいです。経産省の近代化産業遺産にも認定されました。
開放されているのは,3号から8号までのトンネル区間で,全長1.7kmほどです。まだ岐阜県側は整備されておらず,多治見へ抜けることはできません。全長で8kmほどなので,まだまだ先は長いです。でも,古い明治時代のトンネルをくぐり抜け,バラストの残る細い道をたどることは大変有意義なことだと思います。
ということで,子供を連れて北陸から「しらさぎ」に乗って名古屋へ出かけました。3歳くらいの小さなお子さんを連れている方もいらっしゃるので,小さな子供でも大丈夫です。鉄橋も,床板と手すりが取りつけられていて,安全に通ることができます。
定光寺駅を出て,川の上流に向かって曲がると中部電力の水路に沿って道があり,そこから鉄の階段を上ると線路敷に出ます。そこに受付があり,100円の入場料を払って見学します。
線路はとうに撤去されているようですが,バラストが残り,歩きやすいです。ただ,カエデや竹がそろそろ線路敷に進入し,自然に還ろうとしています。あえてそういうところは残し,迂回路が作られています。
汽車土瓶がいいですね~~。碍子も珍しいです。
トンネルポータルが非常に立派でいいですね。わざわざ明治の頃は近代化を急ぐためか,お金をかけて立派な装飾を施しました。
6号トンネル。多治見方出口。
残念ながら,トンネルは6号までで,そこには沢があり,鉄橋が撤去されてしまっていて,渡ることができません。
おぉ~~っ! ここから先へは行けん。
残念ながら,岐阜県側はまだ整備されておらず,通り抜けることはできません。行政の支援をぜひお願いしたいところです。この沢を渡るには吊り橋か何か,橋を架ける必要がありますが,それには何億円もかかりそうです。また,ここから先,岐阜県側には最長(607m)の7号トンネルがあるようですが,どうも土砂崩れか,半分埋まっている,とのことです。重機を投入しないとだめ,と言うことならなおさら行政の支援が必要ですね。
それにしてもこのような貴重な産業遺産が眠っていたことに驚きますが,安全に通行できるよう,道を整備し,手すりやベンチ,休憩所の整備もしていただき,本当にありがたいと思います。
たくさんの人出で,貴重な観光資源ともなりそうです。そもそも鉄ちゃんだけじゃなく,一般の市民がたくさん訪れています。自然豊かで,散策路としても最適です。ぜひ,行政側の支援をお願いし,眠れる産業遺産の活用を図ってもらいたいと思います。
公開は年2回で,今回の公開は明日までです。次回は11月となります。
今日のお土産
2012年4月28日の日記
ロンドンの大英博物館は何回か行きました。今年,NHKが特番をシリーズでやるようですね。
大英博物館も先年,改装したらしく,私が行った頃に比べるとずいぶんと様子が変わっていて,ロゼッタストーンなんかはガラスケース入りになってしまいました。昔は触れるくらいだったんですけどね。
ショップの一番の売れ行きはこれ! だそうです。
TVで見て,ギャハハと思わず大笑いしてしまいました。ほしくなったので,webでゲットしました。£3.99でした。600円くらいですね。先週発注して,4日で届きました。速い! 子供たちにはエジプトのミイラのペンケースなんかもあげました。大喜びでした。
昔はロゼッタストーンは手を伸ばせば触れるくらいでした。これじゃ摩滅して読めなくなっていまいますね。さすがのシャンポリオンも解読できなくなってしまいます。ということか,今はガラスケース入りに変わったようです。
真空管式テレビジョン受像機製作プロジェクト始動! [ラジオ]
とうとう,3月31日に震災の影響で延期となっていた,東北3県でのアナログ地上放送が終了しました。これで日本は完全にデジタル放送に移行したことになります。格段にきれいな映像や双方向通信,データ情報の送信など,デジタル放送はメリットが大きいのですが,昔ながらのブラウン管式TVが見られなくなるのはちょっと真空管マニアとしては寂しく思います。
そこで,今から10年ほど前,地デジ開始までに真空管でTVを作ろうと考えていました。ただ,部品の入手がむずかしく,ブラウン管はわりに簡単に入手できましたが,それ以外のチューナやIFT,フライバックトランスや垂直発振トランスなど,TVならではの特殊な部品が多く,それこそ,昔は簡単に手に入ったのでしょうが,今の時代,探してみるとなかなか手に入らず,そのうちに興味を失ってしまったこともあって,地デジ化を迎えてしまいました。
と,いうことで.....,真空管でTVを作ろう,と言う計画は頓挫してしまったのですが,よく考えてみるとビデオ入力式のモニタTVとしてはまだ使うことができます。単に地デジチューナか,レコーダのビデオ出力をつなげばよいのです。アンテナ入力~検波段までのRF部分が全くないTVじゃ,電子工作マニアとしてはおもしろさ半減,と言うところなのですが,とりあえず,真空管でTVを楽しむことはできそうです。
そこで,計画再開とすることにしました。
幸い,TV用のブラウン管は5インチの静電偏向型5BP4やアメリカでポピュラーだった10インチの小型電磁偏向型10BP4も入手しています。オシロスコープ用の3KP1や5UP1も入手できました。5UP1は親切に譲って下さった方がいて,シールドもいただきましたので,ありがたく使わせていただきたいと思います。また,IFTやフライバックトランスはeBayで格安で入手しました。まあ,真空管はそれこそガキの頃から集めた中古球がたくさんありますので,困ることはないと思います....(^^;)。
ちなみにブラウン管の型番は最初の数値が直径(インチ)で,最後のP1とかP4というのは蛍光体の発光色を示しています。PはPhosphor(リン)の略で,P1は緑でオシロ用,P4は白でTV用です。また,たまに見かけるのがP7の黄色ですが,レーダー用で長残光タイプなのでTVには使えません。ちなみにカラーTVはP22を使います。国産のブラウン管の場合は180G-B4などのように,直径はmmで,蛍光体はB4などとなっています。
今でもTVの画面サイズを対角線で言い慣わしていますが,これはブラウン管が丸かった頃の名残です。
さて,作るTVですが,簡単に静電偏向タイプにしようと思います。高校の物理でブラウン管の授業がありましたが,あれです。電子ビームを電界で移動させ,走査します。ブラウン管も安価に作ることができ,アマチュアがTVを作るときによく利用しました。オシロスコープがまさにこれで,オシロ用のブラウン管を使うこともできました。もっとも,蛍光体はP1なので,色は緑色になります。白黒TVじゃなくて,緑黒TVになってしまいますけどね。
静電偏向型はブラウン管の大きさを大きくすることができず,せいぜい7インチまでです。日本では3インチか,5インチです。どうしても静電偏向型は偏向角が小さく,大画面にするとどんどんブラウン管の全長が長くなり,大型化はむずかしくなります。そこで,日本も含め,最初に商業TV放送を始めた英国など,諸外国は全部電磁偏向型なのですが,なぜか米国だけはMotorolaやEmersonなど大手のメーカも含め,戦後になっても静電偏向型のTVを出しています。RCAやGEも戦前,5インチの静電偏向型TVを出しています。RCAのTT-5なんて,とてもかわいいTVなんですよね。
英国では1936年11月の放送開始で,比較的TVセットも多く販売されています。一方,米国のTV放送開始は1941年3月のことで,太平洋戦争開戦とともに戦前のTV放送は終了します。それでアメリカの戦前のTVセットは数が少なく,コレクションは貴重です。どちらも販売されたTV受像機は画面が小さく5インチ~10インチくらいです。戦後,放送が再開され,TV受像機も大型のものが販売されますが,米国は豊かだったので,安価な小型TVを製造し,パーソナルユースやポータブルでの使用も想定し,7JP4という7インチの静電偏光ブラウン管を使った小型TVも発売されました。ちなみにDu Montが20AP4という20インチの静電偏向ブラウン管を出しています。おそらく,これが静電偏向型TV用としては最大のものだと思います。見てみると本当にチョ~巨大なブラウン管で,実際にこれを使ったTVが1947年製のRA-101というTVだと思います。
日本では1940年の東京オリンピックをTV中継するべく開発が進められましたが,日華事変の進行で中止になったのはご存じの通りです。
さて,製作するに当たり,部品はもちろんですが,いろいろと資料を集めないといけませんね。
三熊さん,あなたの書いた本は今も役に立っていますよ~~。
やはり,理工学社が刊行した "アマチュアにできるテレビジョン受像機の作り方" が一番だと思います。NHKの三熊文男,城見多津一,石橋俊夫の3氏が執筆し,1951年に刊行されています。当時,まだ本放送は始まっておらず,実験放送の段階です。そもそも,まだ日本のTV標準方式すら決まっていない時期の出版です。当時,電波監理委員会は米国標準方式そのままを提案していましたが,日本では東日本が50Hzのため,走査線こそ米国と同じ525本ですが,毎秒撮像枚数は25とヨーロッパと同じ方式で実験されていました。西日本ではこれじゃ具合が悪いので,結局,米国と同じ30枚で決まります。周波数帯域も米国と同じ6MHzにすることになりましたが,日本テレビを擁した正力松太郎が画質向上のため,7MHzの帯域幅を主張し,議論となりました。これはやめて正解だったでしょう。こんなことをやっていたらチャンネルの数が減りますし,それこそアナログTVですらガラパゴス化して,輸出が困難になってその後の日本の電機産業の隆盛はなかったでしょう。そもそも真空管のTVで画質云々,なんてのはナンセンスです。
でも,何で東日本と西日本でTVの方式でもめるんだ,と言うことになりますが,映像にも縞模様のハムが出るためです。電源の周波数と毎秒撮像枚数が一致していれば,縞模様が固定するのでそんなに気にならないのですが,50Hzと60Hzとで異なるため縞模様が動いて,気になるせいです。今じゃ笑い話ですけどね.....。
ちょっと脱線しましたが,それにしてもこの本は素晴らしく,図も豊富で解説もとてもわかりやすいです。私もTVはこの本で勉強しました。今もTVの教科書として通用すると思います。カラーTVも基本的には白黒TVとは変わりませんからね。カラー信号が重畳されていて,それを別途検波するだけ,と言っても過言ではありません。
ぼろぼろの便所紙みたいな仙花紙に印刷された粗末な本で,時代を感じさせますが,当時,日本人は貧しく,お金はないけれど何とか戦後になって平和になったからTV放送を始めよう,それをまたぜひ見てみたい,と言う人ばっかりだったのだと思います。そんな時代の熱気が感じられるすてきな本だと思います。書く人も,編集する人もTV放送を渇望している庶民の熱気に応えようと必死になって出版した姿が思い浮かびます。
この本は1956年に全面的に改訂され,全訂版というのが出ています。カバーもついて,紙質も向上し,きれいになっています。内容はまったく変わっていて,初版と同じ内容ではありませんので,こちらも資料的価値が高く,私は両方持っています。ただ,全訂版は電磁偏向ばかりとなり,静電偏向TVを作ろうという人は初版を買わないといけません。中古市場では3冊そろいで1万円位しますが,それくらいの価値はある本だと思います。
さて,回路は静電偏向にすることにしましたが,ブラウン管は5UP1を使うことにしたので,5インチです。この本の第1巻にはBV-75Aを使った3インチの静電偏向型TVの記事が出ています。BV-75A自体,海軍のオシロ用のブラウン管ですが,その他の真空管もRH-8とか海軍放出品のHシリーズを映像増幅などに用いています。時代を感じさせますが,当時,ブラウン管も真空管も高かったので,神田で安く売られているこれらの旧軍放出の真空管を使ったのでしょう。タイムマシンがあったらあの時代の秋葉原に行ってみたいと思います。ちなみに秋葉原というのは戦後,神田須田町付近にあった露店を整理して移転してから発展しています。今も昔も秋葉原はどんどん北に向かって発展していっている感じですね。
回路としては,第3巻の120mm受像機の回路を採用します。これは水平,垂直ともにマルチバイブレータを採用していて,入手困難な垂直発振トランスなどが不要です。高圧は高周波コイルです。75mm受像機は普通にトランスを特注し,高圧巻線を用いています。
ブラウン管は3kVくらいの高圧が必要で,サイズが大きくなるともっと電圧が高くなります。14インチくらいでは10kVくらいになり,大変危険です。電磁偏向型の場合は水平帰線のパルスをもちいてフライバックトランスで高圧を得ますが,静電偏向型では別途,何らかの方法で昇圧してやらないとだめです。トランスを使うと60Hzのため,平滑用コンデンサの容量が大きくなり,充電すると危険なので,6V6などで,高周波発振をさせて高圧を得ます。今回,この高周波発振回路を使います。
もっとも,今,半導体でこのような高圧を発生させるモジュールが売られているので,今の時代,こういった高圧モジュールを使うのがいいと思います。
米国製のTV用の5BP4も持っていますので,差し替えて楽しんでみようと思います。第1巻に載っている75mm受像機をまねて3KP1にしてみるのも面白いですね。ちなみに米Pilot社は3KP1の白黒版の3KP4を使った3インチの静電偏向型TVを発売しています。当時,初めて$100を切った値段で発売されたようです。
FUJINON持って..... [カメラ]
2012年4月7日の日記
ようやく暖かくなってきました。しかし,まだ普通の年に比べたら寒いですね。本当に今年は異常な年です。
でも,桜が咲きました! 早速,PanasonicのGF1に往年のFUJINON 50mm f2.8を取りつけて出撃! です。ミラーレス一眼はバックフォーカスが短いのでマウント変換アダプタを使うと大昔の名レンズが取りつけられます。露出も,カメラのISOをautoにしておくと,AEになるので,露出もあわせる必要がありません。まさか,今ごろこんな遊びができるとは思いませんでした。
FUJINON 50mm f2.8は1950年代前半の名レンズです。もちろん,本来はバルナックライカ用で,主としてバルナックライカのコピーを作っていたレオタックスカメラに納入され,セットで販売されたものです。これを,三晃精機さんのマイクロフォーサーズ:Lマウント変換アダプタでGF1に取りつけました。







-Vccは赤で描きます。


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途中の鉄橋。下から見えます。
5号トンネル。名古屋方。














