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宮沢模型 711系の整備 ~その2~ [模型]

2012年1月22日の日記

先日,何気なくTVをつけたらNHKの "ドラクロワ" という番組で2人の運命の出会いと称して雪の北海道が出ていました。再現ドラマで30年前,彼女に会いに出かける途中,彼氏が乗っている電車が711系のS110編成でした。おぉ~~っ! と思わず唸ってしまいました。さすがNHKさん,時代考証がしっかりしてますね,と感心しました。なんか,番組の内容なんてどうでもよくて,こういう電車のところだけ見ているなんて,鉄ですね~。

でも,別のNHKの番組で昭和58年という時代設定なのに,事務所に座っている女の子の横にタイガー計算機(手回し式計算機)が置いてありました。あのね~,そんなのとうになかったぞ~~っ,と思いました。その頃,EF58ばかり追いかけていましたのでよく覚えていますが,まだ計算が得意な人が算盤を使うことはあってもタイガー計算機なんてどこでも使ってなかったと思います。そもそも私はタイガー計算機を誰かが実際に使っているところなんて生まれてから一度も見たことがありません。

ちょっと脱線してしまいました....。宮沢模型の711系を整備しています。前回,ヘッドライトの整備まででした。いよいよ足回りに取り組みます。

宮沢模型の711系は15年ほど前に出ていますが,TomixのOEMということもあり,また,当時はそんなにローカルな車両が出る時代でもなかったので,生産量が少なく,コストが非常に高かったのか,足回りは113系と同じ部品を使い,お茶を濁しています。といって,非難するつもりなんて毛頭ありません。たとえそうだったとしても,非常に貴重な模型だと思いますし,当時,とてもうれしかった記憶があります。多分,足回りまできちんと作るととても売れない値段になったのだと思います。

それで,足回りをなんとかしたい,と思うのですが,なかなか711系は特殊な電車なので,むずかしいです。もし,マイクロエースの711系の足回りが入手できれば最高という気がしますが,マイクロエースは部品の分売をしないので,無理です。

と言う次第で,何とか台車だけでも,ということで改造します。

ただ,やはりジレンマがあります。私はオリジナルを尊重する主義なので,前照灯のLED化などはよくやりますが,塗装のやり直しとか,ボディの改造など,外観に関わる改造は極力しないことにしています。特に,今回のは生産量も少ない貴重な模型なので悩みました。

結局,宮沢模型のは3連×2の6両編成になっていることから,3連の1本のみオリジナルで残すことにし,もう1本を改造することにします。ついでに,両方とも動力を組み込んで3連2本で運転することにすれば,一石二鳥という訳です。

まずは台車。

台車.jpg 台車

  オリジナル DT32   GM DT46      鉄コレ DT46

711系は動力車はDT38,トレーラはTR208になっています。当時,201系など,従来のDT32などの軸箱守式の台車から脱却し,私鉄のように摺動部を持たない軸箱支持方式の台車に移行していました。私鉄は早くからS型ミンデン台車に移行し,軸箱守を廃止していましたが,国鉄は長年ウィングバネ式の軸箱守台車でした。どうしても軸箱守が摩耗し,ガタを生じるので乗心地にも影響し,あまり良くないのですが,メンテが比較的簡単なのでよく利用されました。私鉄でも東急がいつまでも軸箱守台車でしたね。軸箱守台車だと分解も簡単で,工場で分解するときもボルトを緩めるだけなのがよかったようです。ミンデン台車だと板バネを外す時に台車に荷重をかけないと外れませんからね。

DT38は軸箱守を廃止し,軸バネの内側に円筒を配置して軸箱を支持しています。内部にオイルダンパをもったシュリーレン台車やシンドラー台車が有名ですね。どちらも同じ構造なのですが特許の関係で名前が違う,なんて話を聞きました。シュリーレン台車だとオシ17(古っ!)のTR53ですね。シンドラー台車は汽車会社が製造し,京阪がよく使っていました。

しかしながらNゲージにはDT38系の台車は市販されていません。近いのは201系用のDT46です。

と言うことで,KATOが201系を出していますから,assyで手に入れば,と思いましたが,201系が出てからしばらく経つので,入手不能です。しかたなくGMのDT46を買ってきましたが,がっくり。あまりに平面的で,「オラ,こんな台車やだ~~」(吉幾三の声で)と思いました。しかたなく,何かないかと思ったら鉄コレの201系を整備したときの余りが思い出しました。やっぱ,断然この台車の方が実感的。ボルスタが大きく飛び出していて,とてもよい感じです。

一方,本当にDT46でよいか,と思っているうちに近くの駅でキハ48を見たら台車がそっくりじゃありませんか。キハ48の台車はDT44Aで,寒地向けなので軸バネがゴムで覆われ,エリゴバネとなっていて,711系とぴったりです。寒冷地では雪を噛み込んで凍結すると軸バネが作用しなくなるため,こんなことをやっています。

幸いにもキハ40系はTomixでも出ていますので,DT44Aは入手可能です。今度試してみようと思っていますが,ただ,残念なのはブレーキシリンダが1個で(DT38は2個),向きが反対です。それに,TR208はブレーキディスク仕様なので,ブレーキシリンダは側梁じゃなく,台車の内側についているので,DT44Aじゃおかしいです。

と言う次第で,やっぱりもとのDT46に戻りました。むずかしいですね。

台車は以前,鉄コレの201系を整備したときのが1両分余っていますので,それを活用するとして,1両分足りないので,しかたなくGMのDT46を使います。

いずれも集電用にφ2.5mmの穴を中梁に開けます。また,中心ピンは711系はネジ留め式で,φ4.6mmの大穴です。慎重に台車の中心ピンの穴を拡大します。ヤスリでやると穴がいびつになりますので,リーマで拡大しました。

リーマ.jpg 金属加工用のリーマで拡大します。

集電用にTomixの集電板とバネを入れます。鉄コレ用の台車にはあらかじめ集電板用の細長い穴が開いていますが,位置が悪く使えませんので,φ2.5mmの穴を開け直します。ここでネックになるのがやはりTNカプラー。鉄コレの時もよく問題になりますが,車体側が意外に大きくて,スノープラウをつけなくてもそもそも台車と干渉します。しかし,それにしてもすべてのクハにTNカプラーがついていますが,そんな必要はないはずで,1両はダミーでよいと思います。

と言うことでKATOの密連ダミーをつけました。KATOのピンはφ1.5mmで,穴を開けて固定しました。特に接着材は不要で,意外にしっかり固定できました。

ダミーカプラー取付.jpg KATOの密連ダミーカプラをつけました

次に台車にスノープラウをつけました。やっぱ,これがないとしまりませんね。これはGMのものしかありません。GMの台車にはそのままつきますが,鉄コレ台車にはM1.2のネジで固定しました。

snow plough.jpg

         鉄コレDT46改          GM DT46改

ついでに,3連×2と言うことなので,中間に入っているクハも前照灯を点灯させないといけません。今だと最初から点灯基板を組み込んでおいて,スイッチでoffにしておく,なんてことができますが,711系はスイッチこそついていますが,やはりコストダウンのためなのでしょうが,基板が入っていません。

ということで,Tomixの0716ヘッドライト・テールライト基板(ノーマル)を組み込みます。といって,これは電球仕様なので,LEDに換装します。すでにLED化された基板を買ってくれば,と言う気もしたのですが,どうもサイズが違うと面倒なので,これにしました。

ヘッドライト・テールライト.jpg Tomix 0716ヘッドライトユニット

回路については,私のブログをご参考にして下さい。前照灯の電球色LEDと尾灯用の白色LEDを互いに逆向きに接続すれば,保護用になります。電流制限用に,もとの電球を向きに応じて点灯するためのDiがついていた場所に1kΩをハンダ付けします。キーポイントは双方のLEDのアノードとカソードを接続することで,特に今回は両面基板になっていてややこしいので注意して下さい。写真はクリックすると拡大します。

ライト基板.jpg 前照灯(上面)

ライト基板1.jpg 尾灯(下面) ↑ 部分をハンダ付けします。

前照灯用の電球色LEDのカソードのリード線を裏側に貫通させ,尾灯用の白色LEDのアノードにハンダ付けします。電流制限には抵抗を使いました。定電流ダイオード(CRD)を使う人もいるようですが,私は抵抗にしています。こっちの方が安いですしね。

次は動力。3連×2にするので,1ユニット分動力が必要です。もとの動力は性能が悪く,ラピッドスタートになるし音も大きいので,もう一方は性能のいいのを入れたいと思いました。KATOの201系が手に入れば,と言う気もしますが,店を探しても在庫なしなので鉄コレ動力を使います。この前のDT46の台車枠の残りもあるので好都合です。

TM-14 20m級A2を使います。

TM-14動力.jpg 台車心皿間距離もぴったりでした。

残念ながら,床下機器も調べていないので,適当につけました。それらしくなっていればいいでしょうか。

ほかに,鉄コレの動力は厚みが15.4mmで,モハ711の内寸が17.6mmだったので,t1.0のプラ板をはさんですき間を埋め,両面テープで固定しました。

TM-14動力1.jpg TM-14改。t1.0プラ板を貼りました

さて,以上の改造の結果をご紹介しましょう。台車を変えるとグッと栄えますね。

クハ711.jpg クハ711

モハ711.jpg  モハ711

クハ711-1.jpg クハ正面。

スノープラウがアクセントです。カプラーはダミーにしました。試運転も成功でした。ただ,頭の補助のヘッドライトは明るく点灯しません。もう1両,残っているので今度は工夫したいと思います。やっぱ,これがないと711系とは言えませんからね。

 


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自動リセット回路の実験~デジタル遅延回路~ [ラジオ]

2012年1月15日の日記

本職は電子回路のエンジニアなので,電子回路をよく製作しますが,正式にメーカに頼んだりするとものすごくお金を取られるので,自作することが多いです。

今回,ちょっとしたデジタルの遅延回路を作ってみることにしました。

対象は,マイコンをリセットするための回路です。機器制御に使っていて,放ったらかしにしてあるので,できればマイコンがエラー出したら一度,自動的にリセットして,もう一度起動させたいと思っています。こういう状況って,結構ありますよね。

といって,一度,マイコンがエラーを出した後,すぐにリセットするようにすると機械が壊れることがあります。しばらく経ってからリセットしたい,なんてことがよくあると思います。たとえば,モータなんかだと一度,マイコンがエラーを出してすぐに再起動するとまた停まってしまう,なんてことがありますから,一度,モータが停止してから再起動をかけたいと思います。

ということで,エラー信号が来たら何秒か待って,今度は別の回路でリセット信号を出させよう,と言うわけです。

自動リセットならPICなんかを使えば簡単,と言う気もするのですが,基本的にハード好きなので,ハードでやりたいと思います。

となるとやはり555の出番ですね。いままで,PWM式鉄道模型コントローラ自動消灯回路なんかで使っています。

今回,エラー信号は接点信号(リレーのa接点)できますので,リレーがショートしたときにエラーと判断し,30秒待ってから,オープンコレクタでリセット信号を出そうと思います。その後,回路は停止し,待機状態になるようにします。何度もリセット信号を出すと危険ですし,次回,エラーが出たとき,リセットできないこともあるので,1回で終わるようにします。

単に555をワンショットマルチバイブレータとして使えばよい,と思いましたが,リセット信号も出っぱなし,というわけに行かず,1秒程度出したら終わり,と言う具合にしたいので,555を2つ使います。

自動リセット時刻.jpg 時間的にはこんなイメージです。

真ん中は1つめの555の出力です。回路は下記のとおりとしました。

自動リセット回路.jpg クリックすると拡大します

残念ながら,単純に2つワンショットマルチにしたかったのですが,25秒後,リセット信号が出っぱなしになりました。1秒程度で終了させたいのですが,そうなりません。原因は1つめの555がlowになったあと,再度,highにならないと2つめの555のトリガがかかりっぱなしになっていることに気づきました。

結局,2つ目の555のリセット端子#4ピンを使って,ICの動作を止めることにしました。100kΩと10μFの時定数を利用して,しばらくすると#4ピンがlowとなり,555が停止します。普通は555では#4ピンはVccに接続して,動作しっぱなしにします。

出力は手持ちの部品箱にあった東芝の2SC496を使ってオープンコレクタにしています。制御回路に挿入すればa接点となります。電圧で信号を出したいときはそのまま555の#3ピンから出せば,リセット信号が5Vで出ます。

無事に動作しました。

pcb.jpg 万能基板で組みました。全部ジャンク部品です。

こういう,しばらく待ってから何かさせるとか,単に信号を何秒か遅らせたい,と言うときに便利だと思います。

 

 


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宮沢模型 711系の整備~その1~ [模型]

2012年1月日の日記

たまねぎ列車を撮りに常紋峠へ行って,すごく感激しました。以来,北海道にはまっています。

と言うことで,ずっと以前,Yahooで落札した宮沢模型の711系を整備します。長い間,模型箱で眠っていました。

国鉄顔の好きな電車で,宮沢模型から出たときに買おうかと思ったのですが,確か,3万円近い値段だったと思いますが,非常に高く,買いませんでした。結局,Yahooでもそんな値段になり,また,ほしいのは旧塗色の方で,やはり旧塗色の方がYahooでも高いです。それに,もともと新品の時でも値段が新色より高かったらしいし,また,販売数も新色の半分だったらしく,争奪戦になったようなので,いまだに中古品市場でも高くなるのは当然,と言う気もします。

と言う次第で,いまだにオークションでも高くなりますが,宮沢模型の711系を整備します。なお,模型の方はマイクロエースからも出ていますが,こちらは買っていません。いろいろブログなどで比較してみると,ボディの造形がよくなく,印象としては宮沢模型の方が勝ちだと思います。たとえ,床下や台車が違っていても,という感じです。

宮沢711系.jpg 箱の様子。

箱に "電化30周年記念" とあるので,1998年頃の発売でしょう。また,旧色には例の,カエルの目玉みたいな補助灯はついてなく,オークションの出品者が親切にプレゼントしてくれました。ありがたいです。やはりこれがないと711系とは言えませんね。

と言う次第で,どうもこの補助灯は最初はなかったらしいのですが,そんな写真は見あたりません。試作車だけだったのか,それとも最初の冬で懲りてすぐにつけたのか,と言う気がします。やはり吹雪くと本当に前が見えませんからね。私も北陸の人間なのでよくわかります。

さて,実車は1968年8月の北海道最初の交流電化(函館本線・小樽~滝川)に向けて製造された,新幹線をのぞけば国鉄最初の交流専用電車です。実は,交流電化すると電車の制御が非常にやりやすくなり,また,パワエレも使えて非常に好都合なのですが,どうしても直流区間への直通をせざるを得ない,北陸や九州では直流電車としての制約を受け,性能が大幅ダウンしてしまいます。EF81なんか,特にそうで,せっかく交流区間も走るのに直流のEF65と同等程度の性能になってしまいます。

711系は最初から交流専用として設計したため,モータは永久並列とし,制御装置もサイリスタ位相制御を用いています。機関車で言えば,ED77,新幹線で言うと200系と同じですね。直流電車や機関車は抵抗制御のため,最初から並列ではスタートすることができません。直列に入れた抵抗の損失が大きすぎるためで,しかたなく,直列でスタートします。ところが,この場合,1個のモータが空転すると全部のモータの電流が同じなため,空転がなかなか回復しません。並列だと,空転したモータだけ,回転数が上がって逆起電力が増えた分,電流が低下し,自然にトルクが低下して空転が回復します。

ただ,直流直巻電動機は無負荷にすると回転数が異常に上昇し,破壊するまで回転するので,大学時分,モータの実験のとき,くれぐれも無負荷にするなよ,とクギを刺されたのを思い出します。電車の場合は異常回転止めがあり,ある回転数以上になると主回路を切るようになっています。

それに,交流回路だと位相制御をすることができ,古くはエキサイトロンという整流管を使用して格子位相制御をやったり(ED71),磁気増幅器を使って位相制御したりしましたね(ED75)。ED71なんて1959年製なので,もうこんな頃からパワエレをやっているので驚かされます。反対に直流だと1979年の201系からですから,話になりません。もちろん,711系にしろ,ED77にしろ,電源は交流としても同じ直流直巻電動機を回すので,結局は直流にしているのですが,直流電車や機関車と違い,モータの端子電圧を位相制御で自由に変化できるのも大きなメリットです。直流電車は,端子電圧を自由に変化できないので,電流を制御することにし,直列に抵抗を入れて電流一定にして加速していきます。また,高速域では界磁弱めといって,界磁電流を分流させ電機子の回転数を上げることがよく行われますが,711系や0系新幹線電車などは界磁弱めをする必要がないので,界磁弱め段はありません。交流電車なので,端子電圧を上げればよいからです。113系などは架線電圧が1,500Vで,並列段でも4個直列になっていて,最大でも375Vに抑えられてしまいますから,界磁弱め段が必要になります。

さらに,交流電車は電圧で制御できるので,トルクの可変範囲も広く,また,パワエレを使えば無段変速もできるのでスムーズに加速します。トルクムラというのも空転の原因のひとつですから,無段制御は魅力的です。モータの並列接続も相まって,非常に交流電車は空転しにくい構造になっていて,よく,直流区間ではF型機が必要だが,交流区間ではD型で十分,と言う話がでてきます。

と言うことで711系も直流電車がMM'ユニット方式で電動車が2両単位だったのに対し,1M方式で開発されています。Tc-M-Tcという3両が基本で,2M1Tとなっています。

ただ,まだパワエレの発達が十分でない頃なので,回生ブレーキはまだで,逆に,位相制御のため抵抗器を積んでないので発電ブレーキができず,気動車みたいにブレーキはエアのみとなっています。これはちょっと変で,旧型国電なみですね。

デザイン的には凡庸な国鉄顔の電車ですが,北海道と言うことから2扉セミクロスシートという設計になり,窓は1段上昇式の2重窓となっています。ちょっと側面だけ見ればキハ22とか,昔の80系電車みたいな感じがして,113系などを見慣れた我々としては非常に新鮮に見えました。特に,頭の補助灯はとても面白く,模型でも再現してみたいと思っています。また,塗色も最初は赤2号ベースに正面だけクリーム4号の帯がある塗り分けでしたが,民営化前に赤1号とクリーム1号の帯に変えられました。なぜか,1985年頃,地域別の塗り分けに変更になり,民営化の準備かな,と思われた頃がありましたが,民営化後に再度,塗装が変更になったところが多く,実際,北海道もキハなど変更になったのに,711系はそのままでした。私の住む北陸では身延線みたいな色が気になりましたが,民営化後に白地に青の新色になり,ホッとした記憶があります。

711系に関しては断然,旧塗色だと思います。S110編成が旧塗色にもどって,非常にかっこよいと思います。実際,愚息(6歳)がこの模型を改造中に見つけて,「かっこい~~! 乗りた~~い」と言いました。北海道まで行かんとあかんのやぞ。

模型自体は宮沢模型が発売していますが,製造はTomixのようです。足回りなどは113系と共通で,台車は本来ならDT38,TR208ですが,165系などと同じDT32,TR69となっています。ちょっとこの点は残念ですが,コストを抑えるため,やむを得なかったのだと思います。

宮沢711系-1.jpg オリジナルの状態

さすがにこの頃の模型は前照灯などは電球なので,暗いです。また,色温度が低く,非常に赤い色になります。

補助灯の設置とあわせて,前照灯をLED化します。

宮沢711系-3.jpg 内部の様子。

まず,前照灯ユニットを取り外さないといけませんが,Tomixの車両と同じく,屋根を外さないとユニットが取り外しできませんのでご注意下さい。さすがに私もわからなくて困りましたが,説明書に書いてありました。

オリジナル基板.jpg オリジナルの基板

さて,電球を取り外してLEDに交換しますが,単純にそれをやるだけ,というわけには行きません。電流制限抵抗または定電流Diを挿入するとともに,LEDの逆耐圧保護をしないとLEDが切れてしまいます。

と言うことで基板を観察し,配線を変更します。

ここで気になるのが,E225と書いてある部品。単純に石塚電子の定電流Diか,と思いました。しかし同社のホームページを見てもこんな部品はありませんし,過去,作っていたのかと思いましたが,そうでもなさそう。テスターで順方向電圧を測っても0Vと表示されます。どうも定電流Diではなさそうで,単なるコンデンサのようです。とすると2.2μFと言うことでしょうか。3つ端子がある,↑ の写真で右下にあるチップの部品は前照灯と尾灯をつけ替えるダイオードです。

いろいろ考えましたが結局,全部の部品を外し,一からハンダ付けをやり直します。その方が簡単でした。写真はクリックすると拡大します。

改良基板.jpg 前照灯回路。ジャンパ線が必要です。

改良基板1.jpg 尾灯回路。プリント基板の下面になります。

ちょっとわかりにくいですが,もとのダイオードのあったところにチップ抵抗の1kΩをハンダ付けします。ダイオードの出力が2ヶ所ありましたが,どちらもハンダ付けしてしまいます。

表側はLEDをハンダ付けして終わり,のはずですが,どうにも点灯しません。尾灯はちゃんと点灯するんですが....。

どうも両面基板となっていて,表と裏がうまく導通していない感じです。結構,面倒な話になってしまうので,単純にジャンパ線をハンダ付けしてOKでした。写真はクリックすると拡大しますので,参考にして下さい。LEDの向きはアノード(A),カソード(K)で表示してあります。2つのLEDはお互い逆向きに並列接続され,保護Diとして働きますので,別に保護Diを入れる必要はありません。

なお,前照灯は電球色,尾灯は白色のLEDを使いました。また,電球色はφ3mm,白色は樹脂がフラットになっているのを使いました。まだ電球色でフラットタイプというLEDは市販されていないようです。Nゲージだとフラットタイプの方が便利なんですがね。尾灯だからと言って赤色を使うと,正面の方向幕がまっ赤になってしまいますので,ご注意ください。

改良後1.jpg 尾灯点灯時

次に,補助灯を取りつけます。銀河モデルのOEMの前照灯ユニットが別売りされていました。ホワイトメタル製なので,穴明けなども簡単ですが,ハンダゴテに触れると溶けてしまいますのでご注意ください。

宮沢711系-4.jpg 屋根にφ0.8mmの穴を開けます

この後,補助灯を取りつけます。↑ の写真でわかるように,方向幕の導光材にもドリルでザグっておいて,補助灯のピンが入るようにしておきます。方向幕はシールを貼りつけるので,わからなくなります。

宮沢711系-5.jpg φ0.4mmの導光材を挿入します。

その後,補助灯のレンズ側から斜めにφ0.4mmの穴を開け,方向幕の樹脂材に導光材が突き刺さるような格好にしました。これで補助灯が光るはずです.....かね?

改良後.jpg 残念ながら苦労したわりに補助灯は明るくつきません

前照灯は電球色LEDにしたので非常に明るくなりました。やっぱこうでしょ? また,方向幕まで電球色になってしまいますが,これはそれほど気になりません。

補助灯については,せっかく導光材を入れたのに,明るく光りませんでした。かろうじて光っている,と言うのがわかる程度です。KATOの485系ヘッドライトというのを使うのも手か,と言う気がしますが,どうにも背が高く,またごつい感じで,宮沢模型の補助灯の方が実感的です。光るのを取るか,実体に近いのを取るか,という感じになりそうです。

宮沢711系-6.jpg 全景

屋上のベンチレータはねずみ1号で塗装しました。プラのままより断然感じがいいと思います。

床下の写真

動力はTomixの古いタイプで,あまり走行性能はよくありませんでした。これなら鉄コレ動力の方がマシ35という感じです。

宮沢711系-2.jpg 113系と同じパーツでした。

カプラーはいつもならKATOのNカプラーに変更しますが,アーノルトのままでも連結面間は十分狭いと思えるので,そのままにしておきます。TNカプラーにするのは嫌いですしね。

つづきはまた。

 


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さらば,SSD [パソコン]

2012年1月6日の日記

とうとう,自作パソコンのC:ドライブに使っていたSSDをあきらめることにしました。2009年にいまのパソコンを作ったときに採用しています。

ご存じの通り,SSDはNAND形フラッシュメモリを使っていて,書き換え回数は1万回程度しかなく,寿命が短いので書き込み時は完全なランダムアクセスというわけではなく,できるだけ書き込みのないところを探して書き込むため,どんどん遅くなります。また,一度に大量のデータを書き込もうとすると,その処理が追いつかないため,フリーズします。

これがプチフリーズというやつですね。大体,30秒から1分くらいは停まってしまいます。産業用の2値型(SLC)というタイプだと非常に短く,また書き換え回数も10万回と大きいのでそれほど問題にはならない感じですが,一般に市販されている多値型(MLC)は書き換え回数が1万回で,フリーズがひどいです。

SSDは機械的部分がなく,電子的に動作するので読み書きも早く,静かなので非常によい,と思ったのですが,まだまだ一般のパソコン用としては完成度が低い,という感じです。確かに,私のパソコンでもWindowsが起動するのに1分を切っていましたから,最初は非常に感心していました。

プチフリーズは,最初はあれっ? という感じがするくらいで,そのうちこちらも慣れてしまうくらいなのですが,時間が経つとSSD内部の一度も書き込みをしなかった空き領域がなくなり,どんどんフリーズする回数も時間も長くなってくるので,とうとう普通のHDDに戻ることにしました。特に,タスクマネージャを見てみると,フリーズしている間のCPU負荷率はせいぜい数%ですし,メモリ使用量もごくわずかで,要はSSD以外のほかのみんなはボーッと待っている,と言う状況です。CPUがものすごく頑張っていてフリーズしているならともかく,書き込みだけで待たされている,というのは正直,許せませんね。

プチフリーズ対策としては,テンポラリファイルやデータ保存先をとにかく別のHDDにする,と言うくらいの方法しかなく,私もマイドキュメントはもちろんのこと,インターネットのテンポラリファイルなど,ありとあらゆる書き込み先をD:にしたつもりでしたが,メールソフトなどテンポラリファイルをユーザが設定できないソフトの場合はどうしようもありません。一度,メールを開くとフリーズ,閉じればばまたフリーズ,と言う次第でどんどんいらいらが募りました。

それに,何かアプリケーションをインストールしようとするとものすごく時間がかかるのにも腹が立ちました。おそらく,圧縮されたファイルを解凍するときの一時ホルダがC:ドライブになっているため,フリーズしながらインストールするためだと思います。ひとつのアプリケーションをインストールするのに2時間,なんてこともざらでした。

と言う次第で,BuffaloのHDDを買い,乗り換えてしまいました。入っていたのはウェスタンデジタルのもので,某国産家電メーカのものじゃなくてよかったです。この国産メーカのHDDには何度も泣かされました。

普段は自作派なので,HDDはバルク品オンリーですが,移行ツール目当てでBuffaloを買いました。AcronisのMigrate easyというツールがついていて,C:ドライブを丸ごと引っ越しできます。

USB接続のHDDケースに買ってきたHDDを入れ,フォーマットしたのち,Migrate easyを起動して移行します。1時間弱で,簡単にHDDにコピーできました。そのHDDをパソコンに取りつけ,もとのC:ドライブを撤去して電源を入れると,何の問題もなく,普通に起動しました。

やれやれ。

 


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KATO DD51後期耐寒形入線 [模型]

2012年1月4日の日記

年末のボーナスで注文していた,KATOのDD51後期耐寒形が届きました。今年はボーナスが出るだけありがたいご時世ですので,今年の投資はこのDD51のほか,C62 2とアマゾンでEMDの本を買っただけです。模型はどちらも北海道ですね。やっぱ,ここのところ,北海道にはまっています。DD51のKATOの製品はひととおり持っていますが,いままではどうにも北海道というとなじみが薄く,まだこの仕様のものは買ったことがありませんでしたが,先日,常紋峠へたまねぎ列車を撮りに出かけたこともあり,非常にほしくなりました。

2010年7月に出ているので,そろそろ品薄になりつつあります。慌てて,ネットの量販店で注文しました。

実車は500番台のつづきで,番号は1000番台となっているものが多いのですが,特に,番台区分として1000番台というのがあるわけではなく,途中に貨物専用の800番台があって,飛び番になっているためです。キハ58の1000番台も同じですね。機器的には全重連形となっているのが特徴です。全重連形とは,もちろん,総括制御に対応し,重連ができることに対応していることですが,単独ブレーキ弁を作用させたとき,自車だけでなく,次位の機関車にも作用するようにしたもので,そうでないものは半重連形と言います。なぜかよくわかりませんが,貨物列車などでは,機関車だけブレーキを作用させて,速度を制御することがよくあるそうです。

また,北海道など,極寒地へ配置されたものは耐雪ブレーキの設置やブレーキ配管やホース類へのヒータ設置が施され,特に外観としてはスノープラウの設置や旋回窓になっていることが特徴です。もちろん,石北本線のたまねぎ列車に使用される鷲別機関区のDD51はこうなっています。

と言うことで,KATOのDD51後期耐寒形を購入して,たまねぎ列車を再現しよう,と言うわけです。

いつもの通り,常点灯対応化と反対側の前照灯がちらつく対策を施します。特に,DD51では前照灯位置が低いので,反対側の前照灯がチラチラと点灯すると次位の貨車の妻面が明るくなったりして結構目立ちます。

とりあえず,ボディを分解します。何とかキャブを外すのがコツで,つまようじをキャブ下に差し込んで,そうっとキャブを外します。その後,前後のボンネットを外すと分解できます。

DD51-1'.jpg 配線の様子

まず,右側の前照灯LEDの根元についているコンデンサを撤去します。最近のKATOのプリント基板は鉛フリーハンダを使用していて,専用のこてでないとなかなかハンダが溶けませんが,昔ながらのこてでもしばらく当てていると外れます。

これだけでまずは常点灯に対応できます。ただ,PWM式のコントローラを使わないと常点灯にできませんのでご注意下さい。こうすると,停止中にも前照灯を点灯させることができ,非常に実感的です。

ただ,これだけだとモータのインダクタンス分でレールのギャップ通過時など,外からの電流が途絶えるとモータから電流が逆向きに流れ,反対側の前照灯が点灯します。時間はごく短いので,昔ながらの電球だったら熱時定数で点灯することはなかったのですが,LEDにすると瞬間的に点灯してしまいます。

この逆起電流を吸収するため,スナバ回路を設ける,と言うのが私のアイデアです。

↑ の写真でわかるように,プリント基板の一番上と下にある,モータに流れるプリントパターンをつなぐように,コンデンサと抵抗を直列に入れます。詳しくは小生のページをご覧下さい。なお,上下のプリントパターンの真ん中に1本,パターンが通っていますが,これには接続しませんので,ご注意ください。ハンダが流れないよう,注意して下さい。

コンデンサはさっき,撤去したものを流用します。抵抗はチップ抵抗の51Ωを使っています。もし,これでもまだ反対側のLEDが点灯するようでしたら,抵抗を小さくしてみてください。

DD51-3.jpg テスト中。機関車は動いていますが後ろ側のLEDは点灯しません。

実際に,動かせてみて,スナバ回路の効果を確認します。定数が悪いと,反対側のLEDがチラチラと点灯しますが,今回はまったく点灯しませんでした。

DD51-2.jpg 

  うまく行きました。停止中も点灯しますが,このアングルじゃよくわかりませんね。

ただ,もとのKATOの前照灯は白色のチップLEDを点灯させ,導光材の樹脂に若干色をつけて電球色のようにしています。最近のKATOのは全部これですね。ただ,どうにも樹脂の着色剤があまり良くない感じで,前照灯はうす緑色に見えます。今後,改良してみたいと思います。

ナンバーは鷲別機関区の1184号にしました。いまも原色で活躍しているようです。残念ながら,先日,常紋峠へ行ったときには会えませんでした。また,この機関車は昨年3月の震災後に,磐越西線へ出向いて石油輸送に活躍したそうです。おまけに,本当は吹田の835号が運用されていたのに,故障したため,急遽,ピンチヒッターで北海道から磐越西線に出かけたようです。本当にご苦労さまでした。

 

2012年1月7日追記

やはり前照灯の色と明るさが少し気になりました。色が少し緑がかっているのと,やはり暗いです。マイクロエースのDD51に比べても暗いと思います。

DD51-41.jpg オリジナルの状態

まず,暗いことの原因を考えてみます。分解したときの写真を見ると,前照灯の導光材とLEDの間の距離が長すぎると思います。

DD51-4.jpg LEDからの距離が遠すぎます

基板上にチップLEDをハンダ付けしているため,前照灯との距離が開きすぎています。これだとやはり暗くなりますし,照射角も狭まり,狭い範囲でしか,点灯していることがわからなくなります。

単純に明るくするだけなら,電流制限抵抗を小さくすればよいですが,KATOのは510Ωが使われていて,LEDの電流値としては20mAを越えているので,もう限界です。

ということで,LEDをもっと前に出そうと思います。

DD51-6.jpg 

  リードタイプのLEDにしました。LEDは,マッキーで紫色をつけています。

幸いにも,ウェイトとボンネットの間にはかなりスペースがあり,φ3mmのリード線タイプのLEDが使えそうです。おまけに,ちょっとLEDをルータで削らないといけないか,と思いましたが,削らなくても大丈夫でした。ただ,真下にギヤボックスがありますので,これに触れていないことを確認して下さい。

DD51-7'.jpg 反対側。ハンダ付け時に注意。

反対側は,ウェイトの切れ込みに基板が差し込まれる形状になっていますので,↑ の部分でリード線やハンダが接触しないようにして下さい。接触しているともろにLEDに12Vがかかって一瞬で昇天しますので,注意して下さい。

なお,LEDの電極は,↑ の写真の向きで,どちらも上側がアノードになるようにハンダ付けします。

次は色です。KATOのオリジナルの状態では白色のチップLEDを使っており,導光材に色素が入っていて,黄色く電球色みたいになるようになっています。それで,最初は白色を使ってみました。

DD51-5.jpg キャブが乗っかっていないのでブッキーな写真ですが.....。

ところが....。白色LEDを使うと真っ白です。これじゃDD51をメタハラランプに替えたようなもの。即,ボツです。オリジナルのKATOのLEDはどうも色温度が違うようです。

といって,電球色LEDを使うとやはり導光材に黄色の成分が入っているらしく,かなり黄色目の色になります。ということで,マッキーの紫を塗って,若干,色の補正をしました。

DD51-8.jpg こんな感じではないでしょうか。

DD51-9.jpg 側面からもよく見えます。

やはり,かなり実感的。こうじゃなくちゃ,という感じです。照射角もずいぶん改善され,オリジナルの状態(ずっと上の方の写真)では,ななめ横からは点灯していることがわからなくなっていますが,改良すると横からでもよくわかります。

うまく行きました。また運転会が楽しみです。

 


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Electro Motive E-Units & F-Units [模型]

2012年1月3日の日記

正月に実家に帰っていました。残念ながら,TVはロクなのをやってなくて,いつも正月は憂鬱です。歌謡曲やスポーツはあまり好きではないので,本当に見る番組がありません。と言って,実家ではロクに道具もなく,工作をやろうとしてもうまく行きません。

しかたないので,本を読むしかないのですが,今年は ↓ の本の収穫があり,結構楽しめました。

〔本の紹介〕

Brian Solomon著 "Electro Motive E-Units and F-Units"

electro motive.jpg

年末にアマゾンで買いました。昨年,11月に出たばかりのようです。

GM傘下のEMDが作った,一連の流線型ディーゼル機関車EシリーズとFシリーズは,1930年代の流線型流行の時代のひとつの頂点として,とても好きな形式です。ブルドッグノーズと呼ばれるスタイルはとてもかっこよく,模型でも何両か持っています。KATOがE8やF7を出していますね。

そういえば,TVの "逃亡者" (古ッ!)のオープニングでデビッド・ジャンセンが演じる主人公が列車事故に乗じて脱走するシーンで出てくる機関車はE7ですね....。多分,その頃の "刷り込み" のせいか,この機関車,好きなんですよね。それにしても,昔のTVは面白かったな~,と思う人は少なくないでしょう。"コンバット" とか,"ベン・ケーシー" とか"宇宙大作戦" とか。ミスター・スポックが好きだったな~。懐かし~! それにしても全部アメリカ製やな。

EMDは自動車大手のGM傘下なだけあって,圧倒的な資金力と販売力を背景として,北米全域に電気式ディーゼル機関車を販売し,ALCOやBaldwinといった機関車大手の名門を駆逐してしまいます。ほかにもLIMAやFairbanks Morseなどの中小もありましたが,全部駆逐され,いま残っているのはEMDとGEだけです。そのEMDも親会社の破産にともない,現在は米キャタピラー社傘下となっているようです。

"クルマが鉄道を滅ぼした" という本がありますね。Bradford Snellが書いています。私も知っていましたが,この本に書いてある,ロサンゼルスのパシフィック電鉄の状況は悲惨で,GMのほか,石油メジャーも加わって株を買い占め,GM製のバスを普及させるため,会社を解散させた,と言う話は有名です。ロサンゼルスにも一度,行ったことがありますが,いたるところに廃線跡があったのを覚えています。あれがパシフィック電鉄の跡だったんですね。

一方,GMは自社製の機関車を売り込むため,全米最大の貨物顧客という立場も利用し,自社の機関車を買わない鉄道会社から貨物を引き揚げる,と言う手も使ったようです。Gulf Mobile & Ohio鉄道なんか,この手でやられ,そういえば,この前買ったAlcoのDL-109がこの会社のものだったことからもわかるように,ここは最初はEMDを買わなかったようです。また,New Haven鉄道での売り込みについても詳しく書かれています。New Haven鉄道はいまの北東回廊の一角をなし,ニューヨークからニューヘブンまで11,000V,25Hzで電化されています。こんな変な周波数なのは,ドイツ同様,整流子電動機(早い話,直流モータと同じです)を使った際のフラッシュオーバーを避けるためですが,ドイツと違って,もともとこのあたりの商用周波数が25Hzだったようです。

この本ではEMDのディーゼル機関車を売り込んで電化をやめさせた,と書いてありますが,正しくは電機牽引の長距離列車を廃止した,ということで,ニューヘブンまでの電化は維持されています。もともと,ニューヨーク~ニューヘブン間は120kmほどの距離で,ボストンからの列車をわざわざ電気機関車につけ替える手間を考えると,ディーゼル機関車で直通した方が安い,と思ったのも自然なことだと思います。また,1905年以来の電気機関車の老朽化もあり,この際,ディーゼルに置き換える,と考えたのでしょう。

こうして誕生したのがFシリーズ最終機のFL9で,マンハッタン島内の直流第3軌条区間に対応するべく,集電靴を備え,マンハッタン島内は電気機関車として運転することができます。2軸+3軸の変則的な台車構成で,車長も18mとFシリーズ最長となっています。当初はNew Haven鉄道もALCOのDL-109を買っていましたので,こちらを電化改造すると言うことも考えたようですがニューヨーク周辺の高架橋の軸重制限からEMDに変えたようです。ちなみにマンハッタン島内は直流660V第3軌条方式で1906年に電化されています。

結局,New Haven鉄道はこの機関車を全部で60両も購入し,1969年に破産し,Pennsylvania 鉄道とNew York Central鉄道が合併してできたPenn Central鉄道に合流します。この会社も1976年には破産するのはよく知られていますね。

実際,EMDのディーゼル機関車を導入するのと引き換えに電化を廃止したのはBoston & Maine鉄道のHoosacトンネルの区間で,同トンネルは1875年に開通した全長7.6kmです。長大トンネルのため,1910年に電化されていましたが,B&Mは48両のFTを購入し,1946年にディーゼル化されています。ちなみに,このトンネルは建設時の事故でたくさんの人が亡くなっているため,全米随一の心霊スポットとなっているようです。常紋トンネルみたいですね。

GMは傘下のグレイハウンドを含め,バス会社を成長させてバスを売り込むため,航空会社や運河会社の株を買い占め,バスに都合のよいダイヤや設備に改変していくと言うこともやっており,公共交通維持のため,SnellはGMの解体を提案しています。もう30年も前に書かれた本なのに,EMDを売却したり,はからずもGMの破産で,彼の予言が的中した格好になっています。

もっともアメリカの鉄道会社が斜陽化したのはGMのせいばかりではなく,無料の高速道路の普及と,トラック業界の規制緩和で貨物が自動車に移行したからですが,interstate highwayと呼ばれる高速道路がアイゼンハワー政権から造られたというのに驚きます。ドイツのアウトバーンがヒトラーが造ったように,アメリカの高速道路も戦前からか,と思うと違います。日本もアメリカと同じ道を歩んでいる,と言うのに驚かされます。高速道路の無料化はまったく意味がなく,国民に負の遺産を残すだけだと思います。来年度予算が発表されましたが,整備新幹線の700億円がマスコミに叩かれています。高速道路予算はその18倍の1.3兆円にもなっていますが,誰も批判しません。批判するのはこっちの方じゃないかと鉄ちゃんは思います。このままだとアメリカと同じになるぞ~~!!

こういう状況もあり,それに,どちらかと言えば,Baldwinファンなので,ちょっとこの機関車には複雑な気持ちがあるのですが,いかにもアメリカ,という雰囲気の機関車は,のちのフードディーゼルと呼ばれるSD60などの機関車とは違って,流線型の時代の雰囲気を残し,優雅な感じがして,とても好きです。同じく流線型のALCOのPA-1やBaldwinのDL-109などとはまた違った魅力があり,これらの機関車よりもデザイン的には優れていると思います。PA-1やDL-109のデザイナーはドイツ生まれのOtto Kuhlerで,また,"Shark" という愛称があってとても人気のある,BaldwinのRF-16などはパリ出身の有名なRaymond Loewyですが,不思議なことに,EMDの機関車は特にデザイナーはいないようです。この本にも3人の名前が挙がっていますが,特に,有名なデザイナーというわけではなく,エンジニアのようです。それにしても,戦前にデザイナーを活用し,機関車の優美さを競っていた国と戦争をしても勝てるわけがありません。

という次第で,とても好きな機関車なので,本が欲しいと思っていましたが,いままで,EシリーズとFシリーズだけという本は出されたことがなく,この本が初めてだと思います。

1937年,900psの201Aエンジン(何か真空管みたいな型番ですね)を2基搭載し,1,800psのE1が登場します。それまでの流線型ディーゼル車だったBurlington NorthernのZephyrやUnion PacificのM10000などと異なり,非連接車として登場し,デザイン的にも先頭部に空気取入口があったのをやめ,側面から空気を取り入れることにし,大幅にデザインを改良しています。やはり連接車は鉄道事業者としては使いにくく,より汎用性の高い,機関車としてデビューしています。ZephyrやM10000は連接車で,固定編成となっています。いま,新幹線を輸出しようと官民一体で頑張っていますが,苦戦しているようです。やはり,外国ではこのような固定編成の車両は気に入られないのは今も昔も同じようですね。

のちにエンジンの問題点を改良するため,自社製の567エンジンを搭載し,本格的に量産されたのはE3からです。クランクケースが組み立て式だったのをやめ,ダイカストにし,ピストンもアルミ製だったのを鋳鉄製に変更したりしたようです。旅客車用にSGを搭載し,台車も軸重を抑えるのと乗心地を改良するため,A-1-Aの3軸台車とし,この設計もよかったようです。

戦後はE7からですが(厳密にはE7の登場は戦時中の1945年2月ですが,戦後型とされます),E7は傑作機で,エンジン出力も2,000psとなってベストセラーとなりました。その後,発電ブレーキを搭載したE8が登場し,最終的に2,400psのE9と製造され,1960年代後半に製造中止となっています。GEのモータをはじめとする電気品の信頼性も高く,鉄道事業者の評判はよかったようです。

それにしても強力そうなアメロコですが,EシリーズもFシリーズも出力はこんなもので,2,200psのDD51はそんなに遜色ありません。まあ,DD51はトルコンのロスが大きいので,踏面出力ではEシリーズなどの方が大きいと思いますが,DD51でもそんなに悪くない,と言うことはわかります。その意味でもDD51は傑作機ですね。

しかしながら電気式DLは価格が高く,しかも寿命は15~20年くらいらしく,ディーゼル化は非常にお金がかかったことでしょう。また,そのくせ上述のように出力は小さく,何両も重連にしないといけないことは問題で,その点,Union Pacificなどは7,500psのBig Boyを作るなど,蒸気機関車の大出力化に力を注いだのも頷けます。SLだと1両で牽引できるのに,DLだと4両じゃないとダメ,というわけです。一方,メーカとしてはディーゼル機関車だと何両も売れるし,寿命が短ければその取替需要もあるわけで,GMがこの点に目をつけて,EMCを買収し,自社傘下のEMDとしたのも頷けます。アメリカの鉄道会社は目先の人件費やメンテナンスコストの低減にだまされ,電化の方向には進まず,ディーゼル化で失敗したという感じがします。ロシアのシベリア鉄道は電化され,ユーラシア大陸を電気機関車が横断しますが,アメリカ大陸を横断する電気機関車が1両もない,というのは異常だと思います。

ちょっと脱線してしまいましたが,一方,貨物用として1939年に最初のFシリーズとしてFTが登場します。A-B-B-Aの4両編成で6,000psというのがメーカお薦めの編成だったようですが,鉄道会社は,大体,A-B-Bの3両で使用したようです。Fシリーズもベストセラーとなり,全米各社で使用されます。

貨物用のため,SGを搭載せず,台車も軸重を稼ぐため,普通の2軸台車になっているのが特徴です。また,FTの途中から,発電ブレーキを搭載したものも登場し,これが鉄道事業者に受けたようです。ベストセラーとなったF3のあと,F7,F9と登場しますが,Road Switcherと呼ばれる,入換機と兼用できるGP7がバカ売れすると鉄道会社からの返品などもあり,急速に姿を消していきました。Eシリーズより一足早く,1960年に製造中止になっています。Road SwitcherはALCOの方が早く,RS-1が1941年に登場していますが,EMDが1949年にGP7を出すと,瞬く間に市場を席巻してしまいました。EシリーズもFシリーズも片運転台で,後ろを見るときは運転士が窓から顔を出さないといけない構造で,入換がやりにくく,A-BとかA-B-Bという方式で運転するとどうしても終着駅で方転しないとだめで,まだ蒸機が残っていた頃は各地に転車台や三角線もあって,そんなに不便ではなかったのでしょうが,無煙化が進むと不便となってしまったのだと思います。

もっとも,EMDもEシリーズの両運転台バージョンとして,支線区用として1948年にBL2というのを出していますが,凸型になっていて,あまりに不格好で,好きになれません。すぐにGP7が出たこともあり,あまり売れなかったようです。

模型はKATOがE8,F7を出していますし,BachmannもF7などを出しています。人気のある機種なので,BachmannやLife Likeなど,たくさんのメーカが出しています。ただ,E5は古い日本製(熊田貿易)のものがあるだけで,ぜひほしいと思っています。E5はステンレスボディをもち,Burlington & Northern向けに作られました。"銀釜" ですね。BL2もLife Likeが出しています。

Nゲージの米国型はSpookshow氏のページがいいです。リンク許可ももらいましたので,リンクを張っておきます。

この本はこれらEMDのEシリーズとFシリーズの歴史を,当時の雑誌や業界誌などを丹念に調べ,まとめた本です。筆者の親父さんも含め,たくさんのマニアの素晴らしい写真を載せて,とてもよい本だと思いました。

今年の正月はこの本でたのしく過ごせました。

EMD FT.jpg 正月に愚息(6歳)と運転会をしました。

Intermountain製のFT。なかなかディテールもよく,動力もスムーズです。おそろしく低速で進むのに驚きます。

 


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National/Panasonic R-88ラジオ [ラジオ]

2012年1月3日の日記

正月に実家に帰って,ラジオでも聞こうかといろいろ集めたラジオを引っ張り出してきたら,NationalのR-88が出てきました。このラジオ,中学の頃に,何か景品で当たったような記憶がありますが,万年カレンダーがついていて,優れたデザインだと思います。大きさもちょうどよい大きさで,なかなかいいラジオです。

R-88は1975年の発売のようで,米国にも輸出されていたようです。米国のトランジスタラジオの本にも登場しますし,eBayでもたまに見かけます。Panasonicとわざわざ書いてあるのも,最初から輸出を目論んでいたのでしょう。

自分が中学生の頃のラジオがまだ手許にあって,きちんと音が出て楽しめるのはいいことですね。

ただ,ボリウムとスイッチが一体になった構造ですが,どうもスイッチを入れるとしばらく音が出ません。何回かスイッチを入れると突然,音が出る,と言う次第で,どうも原因はボリウムくさいです。

日本製のボリウムはガリオームになりやすく,毎度,トラブルの原因になっていますが,よく考えてみると今回のはガリオームじゃないので,ボリウムが原因ではなさそうです。

と言う次第で,原因は電池にパラに入っているケミコンとにらんで,ついでに全部交換してしまいました。さすがに30年以上経っているので,とうに容量抜けでしょう。電池にパラに入っているケミコンは6.3V 220μFのものでしたが,すこし上がふくらんでいる感じですからやはり怪しいです。

R-88.jpg ナショナルのR-88ラジオ

R-88-1.jpg 中身です。

中はこの前のソニーのTR-4100同様,ゲルマニウムTrとシリコンTrの混成で,2SA1012SB1752SB176×2,2SC839(NEC)×2のようです。ゲルマニウムTrは松下製です。

バラしたついでに,ケースをきれいに掃除しようと思ったのですが,バリコンとボリウムのつまみは接着してあるようで,外れません。残念。

ケミコンを全部取り替えました。ついでに,カップリングに0.47μFという小容量のケミコンが使われていたので,フィルムコンに替えました。

R-88-2.jpg 取り外したケミコン。

どうも原因は当たり,だったようで,今回は何回,スイッチを入れ直してもすぐに音が出ます。残念ながらスピーカが小さく,とてもHiFiとは言えない音ですが,何十年も前からのラジオが音が出て楽しめてよかったです。

おまけ....。

和時計.jpg 娘と作った二挺天符式和時計

和時計に興味があり,昔から本を集めています。一時は実物がほしい,なんて思ったことがありますが,100万円以上するようです。それで, "大人の科学" Vol.28の付録だった,二挺天符式和時計を娘と組み立てました。昼,夜用の2つの天符が12時間ごとに交互にゆらゆらと動いて,かちかち音を立てる様はとてもいい感じです。

 


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謹賀新年

2012年1月1日の日記

79レ('11.11.22富田)年賀.jpg 79レ(関西線・富田)

皆様,あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。本ブログも2007年8月の開設以来,45万アクセスを越え,so-netのブログランキングも1000位を上回るようになりました。Googleで検索すると,トップに出てくる記事も増え,nice!をいただくこともしばしばです。これもひとえに皆様のご愛読のたまものと考え,鉄道模型や電子工作など,これからも皆様のお役に立つブログを目指して頑張りたいと思います。

 

 


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さよなら「日本海」 & 十和田観光電鉄ツアー [紀行]

2011年12月22日の日記

先月の18日にとうとうおそれていたニュースが飛び込んできました。JR西日本が寝台特急「日本海」の廃止に向け,関係自治体と協議を始めたとのことです。ダイヤ改正のニュースは大体,8月か9月には発表されるので,今回は「日本海」の廃止はないのでは,と安心していた矢先だったので,非常に驚きました。その時は「きたぐに」については何も発表されていませんでしたが,どうも双方とも来年度から臨時列車になるようです。どうやら,「きたぐに」用583系を臨時「日本海」に使用し,「きたぐに」はサンダーバードと共用の681,683系になる感じです。

理由はどちらも車両の老朽化,ということで,「富士」や「はやぶさ」など九州ブルトレの時とは少し違う感じです。「日本海」は通年で利用率が50%を越え,九州ブルトレに比べて乗車率は高く,十分に採算に乗る列車だったと思いますが,国鉄時代の車両のままで新車に取り替えはされず,要は面倒くさい,と言うのが最大の理由でしょう。大して儲かりもしないのに,要員はいるし,車両の取り替えはお金がかかるし,かといって収入はJR東日本と分け合う,ということでは早く廃止してしまいたい,というのがJRの本音でしょう。公共交通機関としての自負や責任もなく,国鉄時代の方がまだよかった,という感じがします。利用者や地元よりも株主の方を気にしている,という姿勢は民間企業なら自然としてもJRの場合は少し違うのではないかと思います。明治以来,国民の税金で作ったインフラで商売をしているのですからね。

とはいえ,2年後の北陸新幹線の開通を控え,金沢~直江津間の北陸本線が第3セクター化されると,収入はさらに減りますし,第3セクター会社側から夜行は廃止してほしい,と言う要望が出ることも考えられ,近々廃止ではないかと考えてはいました。北陸の人間として,これらの2列車には格別の思いがありますし,廃止は非常に残念です。

といって,実は「日本海」のA寝台車には乗ったことがありません。オロネ24も九州ブルトレなどでは乗っていませんでしたしね。何とか最後に乗っておきたいと思いました。また,小さな息子(6歳)にもぜひ,寝台車の旅を体験させてやりたいと思いました。

ということで,冬休み間近の20日に出かけました。子連れなので,A寝台でも下段を取らないとまずいのですが,1ヶ月前の発売日に出かけてもすでにA寝台下段は満席。何とか空いているのは,と探して20日の下りを押さえました。

さよなら乗車のつもりなので,わざわざ始発駅の大阪へ。しかし,大阪駅もリニューアルしてから何か逆に寂しくなりました。本来なら11番線の発車でしょうが,同じ時間帯にサンダーバードが停まっているため,通勤客用の10番線から発車です。これからマニアが押しかけてほかの通勤客とトラブルになりそうです。すでに20人近く,集まっています。予想通り,こっちが10号車の前で乗車待ちの列に並んでいると,通勤客らしいおっさんから「邪魔や」と言われました。これだから大阪は嫌なんですよね~。それに駅弁を買おうとしたら,水了軒が倒産した関係で,大阪の駅弁はいいものがありません。コンコースではコンビニみたいな弁当しか入手できません。ようやく,11番線で神戸の淡路屋の駅弁を買うことができました。

発車標.jpg 大阪駅10番線にて

さて,愚息は大喜び。そういえば,同じ年齢の頃,歳の離れた姉が北海道に行く,と言うので父親と送っていった記憶がありますが,牽引機がEF58で,客車は当然20系だったのを覚えています。もう何十年も前の記憶ですね。

今回は牽引機はEF81 113。トワイライト色なのがちょっぴり残念です。それに,とうの昔に食堂車もなく,車販すらないので,盛んに車掌さんが案内しています。途中の停車駅も加賀温泉くらいしか長時間停まらないし,といって加賀温泉駅もこの時間は売店は営業終了していますので,自動販売機しかありません。食料を仕入れておかないと悲惨な目にあいます。これじゃ「乗るな!」と言っているようなもの。サービス精神のかけらすら感じられません。

当方は,先刻承知なので,駅弁と明日の朝食を持参してベッドで食事です。坊主は駅弁をぺろりと平らげてしまいました。移りゆく車窓を眺めながら,子供と食事をするのはたのしいものでした。北陸トンネルに入る頃には坊主は寝てしまいました。

寝台.jpg 意外に広いA寝台。これなら息子と眠れます。

車内.jpg レトロな車内。これも思い出になりますね。

加賀温泉駅で5分停車。後続のサンダーバード39号に抜かれます。近江塩津でも運転停車してサンダーバード37号に抜かれていました。やっぱ電車の方が速いんですね。ここで皆さん撮影会。私も撮らせていただきました。ただ,機関車に向けてフラッシュを焚くアホがおるのには驚きです。皆さんマナーを守りましょう。最近はにわか鉄ちゃんが増えてマナーをわきまえないのが困りますね。スマホで写真撮るなって。

金沢駅でお休み放送。富山かな,と思っていたので不意を突かれました。ここで減光。みんな静かになって,翌朝までお休みです。

翌朝6:25,東能代の手前で放送が入ります。あたりはまだ真っ暗ですが,相当雪が積もっていることがわかります。今日は快晴のよい天気のようです。早口の駅でしばらく運転停車。すれ違いの1628Mが遅れているようで,少し発車が遅れました。単線区間はどうしてもこうなりますね。寒いので,霜のせいで遅れているのだと思います。白沢をすぎて,有名な陣馬のお立ち台を通過するときには汽笛のサービスがありました。窓が逆だったので確認できませんでしたが,誰かマニアが撮影していたのでしょう。

日本海.jpg 雪の青森駅に着きました。

青森には8:45定刻に到着。しばらく愚息と記念写真を撮って,1駅バックし,新青森の駅でレンタカーを借りました。今日はこれから十和田観光電鉄へ乗りに行きます。何で駅レンなのに青森駅じゃなくて,新青森なのか,と言う気もしますけど....。

鉄道で行ってもよかったのですが,青い森鉄道の八戸行きとは7分しか接続時間がなく,記念撮影している時間がないのと,次の列車は2時間後だし,どうせ明日は早くて今日中にレンタカーを借りておかないといけないので,車で出かけます。

みちのく有料道路を通って,1時間半ほどで十和田市に着きました。

場所はすぐわかりました。駅のとなりにショッピングセンターがあり,その駐車場に止めておけばよい,と事前に調べておきました。ただ,無断で停めておくのは悪いので,何か買い物でも,と思ってショッピングセンターに入ろうとすると,閉鎖していることに気づきました。何も看板もありませんでしたし,駐車場も車がいっぱいだったので,営業をやめていることには気づきませんでした。このショッピングセンターの経営は十和田観光電鉄なので,この店の閉鎖も鉄道の廃止に直結している感じです。

十和田市駅.jpg 十和田市駅にて。

十和田観光電鉄は新幹線の開業にともない,十和田湖観光の基地が七戸十和田駅に移ったことと,震災の影響で観光客が減少したことを廃止の理由に挙げています。おそらく,このショッピングセンターの赤字なども影響しているのだと思います。

駅はとても寂しく,バス待ちのお客さんがそばを食べていたりするくらいで,土産物屋さんも寂しげでした。駅のそばは大好きで,見かけると食べることにしていますが,残念ながら愚息はそばアレルギーなので,オヤジも食べられません。

12:15発の電車で三沢へ。電車はもと東急の7700形。インバータ式なのが面白いです。車内はきれいなクリスマスの飾り付けで愚息は大喜びでした。

三沢では1時間ほど空いているので,駅前のきらく亭さんでホッキ丼を食べました。冬の間だけのおいしい海鮮丼でした。魚は大好きなので,こういう丼は大変ありがたいです。愚息は醤油味のラーメンをぺろりと食べました。スープはとてもこくがありながらあっさりしていて,おいしかったです。お土産に青森空港で津軽ラーメンを買って帰りましたが,これもまた「最高においしい」と言っていました。案外,子供って豚骨ラーメンより醤油味のあっさりラーメンの方が好きですね。娘も豚骨はいやがります。私は断然,豚骨なんですけど。

ホッキ丼.jpg 非常に美味なホッキ丼。魚好きにはたまりません。

1時間ほどで折り返してレンタカーに乗り,七百駅の車両基地をのぞいて帰りました。

ED304.jpg 

    1951年日立製のED301にも会えました

今晩は以前,小坂鉄道を撮りに行ったときにお世話になった,大鰐温泉の不二やホテルで泊まりです。陣馬にも近く,便利です。また,何より大きな温泉と露天風呂が最高です。料理も倉石牛の焼き肉など,非常においしかったです。子供用にお子様ランチも用意していただけました。

翌朝,6:00起床で出発です。陣馬のお立ち台を目指しましたが,途中で断念。30分ほどで着くはずですが,国道7号からすこしあぜ道みたいなところを歩かないといけませんし,この雪ではかなり苦労しそうです。歩いているうちに「日本海」が通過してしまうことも考えられるのであきらめて碇ヶ関駅近くで撮影しました。もうあと5分もあれば陽が当たったのですがね....。

日本海1.jpg 碇ヶ関~津軽湯の沢間にて

ここでホテルに戻って朝食。腹一杯食べて今度は長峰駅で「あけぼの」を駅撮りしました。しかし,それにしても「日本海」から1時間半ほどしか経っていないのに,もう吹雪いています。さっきは快晴だったのに....。天気予報もこれから大荒れ,と言う予報です。ホテルを10時前に出ましたが,もう数m先くらいしか見えないほどの大雪です。これじゃ下手すると青森空港が閉鎖になって帰れないな,という感じがします。

あけぼの.jpg 

    長峰にて。どうにも赤2号のEF81ってやめてほしいんですけど。

幸いにも昼からは雪が止み,無事に青森空港に着きました。FDAを利用するのは初めてです。エンブラエルの飛行機,と言うのも初めてで,興味津々です。

なかなかエンブラエルも快適。車内はきれいだし,いすもビニールばりなのがボーイングとは違う感じです。三菱重工がMRJを作ろうとしていますが,これは強敵。値段が安くないとエンブラエルには勝てないでしょう。販路もなく,海外でメンテもきちんとできるのでしょうか。YS11の二の舞,と言う予感がしています。

除霜作業のため,10分延発。上空は厚い雲に覆われていましたが,無事に帰ってきました。雪雲ひとつない上天気に驚きです。あれほど,雪だらけのところで苦労して車運転してたのに....,という感じです。

愚息は大喜び。もう一度,「日本海」に乗りたいといっています。今度は583系「日本海」に乗せてあげようか,などと考えています。

それにしても大鰐温泉でも関西弁のサラリーマンをたくさん見かけましたし,もちろん,皆さん「日本海」のお客さん,と言うことでは全然ないと思いますが,大阪から青森,秋田への交流があるのは確かなようです。今後,「日本海」が廃止されると,観光ばかりでなくビジネス客の減少も考えられるでしょう。

〔おまけ‥‥‥音と昔の写真〕

 お休み放送。大阪駅発車は酔っぱらいがうるさいのでupするのをやめました。

 おはよう放送。まもなく東能代です。いつも6時半に起きているので,wavファイルを目覚まし時計にコピーしてこれで起きることにしましょう。

日本海('88.8.15).jpg 新疋田~敦賀にて('88.8.15)

日本海.jpg 別のアングルです('89.9.15)

いまと編成が逆なのに気づきました。↑ の日本海4号(青森19:33→大阪10:23)はいまの日本海と編成が逆でした。'08.3改正で日本海2,3号は廃止になっています。一時は1,4号が函館まで行っていたのにね。

日本海+マニ50.jpg マニ50のテールが珍しい。

'88年から'98年にかけて,バイクを積み込んで乗車できる,「日本海モトレール」と称して,こんなサービスをやっていました。あとで「モトとレール」に名前が変わっています。いいアイデアだったと思いますけどね。フェリーなんか,バイクライダーで賑わっていますから。ただ,バイクマニアの人は飲んで騒ぐのがたのしいらしいので,ほかのお客さんとトラブルになったのではないでしょうか。

それにしてもつい最近まで2往復運転され,その理由も鶴岡や酒田,秋田などの各市で乗降時刻をずらして都合のよい時間帯に乗降できるように考えられていたのに,臨時化というのは実質的に廃止と言うのと同じで,こういった都市から関西方面ヘの交流が途絶えないかと非常に残念です。JRももっと社会的責任を認識してほしいと思います。

 


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赤い月の夜 [カメラ]

2011年12月11日の日記

昨晩は皆既月食でしたね。2000年7月以来とのことで,11年ぶりでした。

直前まで雪雲が出ていて,やきもきしましたが,何とか皆既の時間帯には晴れました。わが家でも小三の娘と観察しました。残念ながら幼稚園の愚息は爆睡していました....。

オヤジはLumixのGF1と200mmズームレンズをもって待機です。はたしてうまく撮れるでしょうか。来年,5月21日の金環食の予行演習を兼ねています。

結果はご覧の通りで,意外にうまく行きました。さすが松下さん,と感心した次第です。フィルムの時代にも何回も挑戦しましたが,さすがにフィルムのカメラでは結果がわからないのでうまく調整できず,やはりデジカメでないとむずかしいと思います。

画面で確認しながら,ISOを1600くらいで挑戦します。さすがに3200とかにすると粒子が粗くなってしまいますからね。また,バルブのように何秒もシャッターを開けるとぶれてしまうので,1秒程度に抑えました。案外,天体って動きが速いんですよね。また,レリーズはないので,タイマーにしておいて,カメラがぶれないようにしました。まあ,リモコンという手もあると思いますが,そこまでしなくても,という感じです。オートフォーカスも動作しないので,マニュアルフォーカスに変更しておきます。

皆既月食.jpg 

Panasonicの45-200mmレンズH-FS045200で撮りました。35mmフィルム換算だと400mmです。

久しぶりに赤い月を観測できました。子供の頃,田舎で見た月食はもっと赤かった気がしますが....。怖くてゾッとした記憶があります。子供の記憶は曖昧なのか,それとも大気中の塵が増えているのか,不思議ですね。

娘も大喜びで寝ました。愚息は朝起きて,猛烈に怒っていました。お前が悪いんじゃ。

 


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